4-4.

 港南学院のミスコンを廃止に追い込んだ大川原雅史は治安当局から追われ、湊に逃げ込んだ。


 学外に逃げられてしまっては手出しのできない当局は、中央情報局(通称KCIA)に協力を要請。大川原雅史の行方を追い、捜査員の柳りりなが派遣された。

 

 りりなは大川原の身を確保するにあたり、ミスコン優勝者と付き合うという夢を持つ大川原の習性を利用しようとした。

 

 そこでおとり捜査の実行員として選任されたのが桜堂ハルだ。

 

 彼女ら二人は幼馴染だった。

 

 「これは本人に言うと嫌がられることだけど、ハルがミスコン優勝なんて目じゃないくらいの素質を持ってることは事実。頼み込んで、協力してもらったの」

 

 と、りりなは説明した。

 

 計画通り、ハルは昨年のミスコンで優勝した。

 

 湊大学では、毎年四月に交換留学生の歓迎パーティーが行われている。


 ゲストとしてパーティーに参加したハルは、そこで大川原との接触に成功。パーティーにミスコン優勝者が招待されることを知って、大川原はそこでアプローチを試みたのだ。

 

 大川原を篭絡し、会場の外へ連れ出す。

 

 大川原は元よりミスコン優勝者にメロメロなのだ。演技力に長けたハルにとっては楽な任務のはずだった。

 

 しかし、計画は失敗に終わった。

 

 思わぬアクシデントがあったのだという。

 

 そのときのことを、ハルはこう語った。

 

 「いや、無理。まじで無理。あれはモテるとかモテないの問題じゃない。人として駄目。人間の皮被った豚だよ。欲と脂肪の塊。触られただけで貞操失うレベル。う、思い出しただけで悪寒がする。いや、りりなには本当に悪いけど、私には無理だった。あれ以上あいつの傍にいたら、私、お嫁にいけなくなってたと思う」



 

 おとり捜査が失敗に終わると、りりなは次の計画を実行に移した。


 今度はなりすまし作戦である。

 

 ミスコンファイナリストになりすまし、SNS上で大川原と接触。仲を深めていき、当日の会場に呼び出すのだ。

 

 この計画も、最終段階までは順調だった。


 りりなのなりすますファイナリストは見事に大川原を魅了した。あとは当日、のこのこと片思い相手を見にやってきた大川原の身柄を確保するだけ。

 

 しかしこれも、任務完了を目前にして失敗に終わる。

 

 思いもよらぬことに、四日目に特設ステージで行われる予定だったミスコンは、その前日に特設ステージが倒壊するという事故が起きたために中止となったのだ。

 

 「私、来年はもう就活とか卒論で忙しくなると思うから、次のミスコンを待つことはできない。この件は今年度中に片付けたかった。だから、今回の強行作戦に出ることを決めたの」

 

 港南学院大学、神宮前キャンパス。


 構内のメインストリートの脇に設置されたベンチに腰掛けて、明人はりりなとハルと三人並んで話していた。


 「事情は大体わかりました。が、どうして俺が巻き込まれてるのかという点だけ未だ理解できないので、教えてもらえませんか?」

 

 明人がりりなに聞き返すと、りりなはハルに目線を送って促した。

 

 ハルは横目で明人のことを見やりながら、全く興味のないことを話すときのような淡泊な口調で言った。

 

 「りりながね、馬込の専属の運転手に体格の似た協力者がほしいって言ったんだよ。KCIAにはちょうどいい中肉中背がいないらしくてさ。たまたま授業で居合わせた君が思い当たったから、ちょっと探らせてもらったんだ。そしたら、ド下手な演技が目について元々疑わしいとは思ってたんだけど、やっぱりどこか訳ありっぽい。こりゃちょうどいいやと思って、利用させてもらったんだよ」

 

 「ド下手な演技って! 何がそんなに下手だったって言うんですか!」


 明人は思わず大声で反論した。


 自分の正体をやすやすと見破られただけでも悔しいというのに、自分の技術を罵られてはたまったもんじゃない。

 

 しかし、


 「決まってるだろ。えりかへのアプローチだよ」

 

 と、ハルにさらりと言われ、明人は赤面せざるを得なかった。

 

 自分では、上出来だと思っていた。上手くアプローチできていると思っていた。

 

 ターゲット本人には気づかれていないので、もちろん不出来とまではいかないだろう。

 

 しかし、見抜いた第三者がいたことは事実なのだ。


 その事実も然り、単純に女子から下手なアプローチと言われてしまったことが恥ずかしい。

 

 意気消沈して俯く明人に、りりなが話しかけた。

 

 「そういえば、東雲君から聞いたよ。明人君、秘密情報部の入部試験中なんだってね。ハルから話を聞いたときから、そんな気はしてたんだけどさ」

 

 明人は今度は驚いて声を上げた。

 

 「りりなさん、東雲さんと知り合いなの!?」

 

 「そうだよー。東雲君だけじゃなく、秘密情報部の人は大体知ってるよ。私たち、けっこう横の繋がりが深いのよ。こういう活動って人脈が重要だからね。他の大学にも同系統のサークルはあるんだよ。中でも、西湘と港南は地理的な条件もあって仲良いんだ。不思議なことに、湊にはないのよね。知られてないだけかもだけど」

 

 「へえ……」明人は感嘆のため息を漏らした。

 

 秘密情報部の活動はもっと、外部との関わりのない閉鎖的なものだと思っていた。

 

 KCIAの存在を知ったときも驚いたが、他にも同系統のサークルがたくさん存在して、さながらインカレのように繋がっているというのは意外な事実だ。


 それならば、活動の選択肢の幅は際限なく広がるだろうし、出会う人の数も想像を遥かに超えるに違いない。

 

 それは望外の喜びであるが、今この時点では拍子抜けした気分の方が大きかった。

 

 秘密のサークルという響きに憧れていたのに、思っていたよりも存在がオープンだったことが少しショックだったのだ。

 

 「秘密情報部の入部試験と言えば、恒例のあれだよね。身バレせずに告白する、ってやつ」

 

 りりなの言葉に、明人はさらに苦い気分になった。

 

 「げっ。それも知ってるんですか」

 

 「知ってるよ! そんな変わった試験やってるのって、西湘くらいだもん」

 

 隣で会話を聞いていたハルが、ふむふむと納得したように頷いた。

 

 「そういうことか。だからああしてえりかに近づいてたのか。やっと謎が解けた」

 

 「えりかって子がターゲットなのね。へえ、どんな子? 今どんな調子?」

 

 りりなは明人のミッションに興味津々だ。

 

 穴があったら入りたい気持ちの明人を他所に、ハルが訳知り顔でりりなに応える。

 

 「ピュアで可愛い子だよ。ブラウンのロングボブでね、流行を取り入れつつもしっかりと自分らしさを持ったファッションができてる。メイクもセンスあるし。量産型たちからは頭一つ抜きん出た魅力があることは確かだね」

 

 「ハルがそこまで評価するなんて、本当に可愛い子なんだね! ま、西湘の人たちが選び抜いたターゲットだからなあ。そりゃ魅力あって然りか」

 

 「正直、このうぶにはもったいなすぎる。花園に変わって私が妨害してやりたい」

 

 「ハルったらー、そういうこと言ってるから見た目が良くてもモテないのよ。もう少し寛容にならなくちゃ。人の幸せが素直に喜べるくらいに!」

 

 「私は別にモテなくていい。そういうりりなは、人の幸せを素直に喜べる人だったっけ?」

 

 「またまた、そう強がっちゃって。可愛いやっちゃなー、うらうら」

 

 「ちょっ、やめ! 質問に答えろ。りりな、モテない女に言われても何も説得力なかったぞ」

 

 「うらうらー、うらうらー!(棒)」

 

 りりなとじゃれ合うハル。幼馴染に頭をくしゃくしゃにされているその姿からは、普段とはギャップのある少女のような可愛らしさが感じられこそすれ、明人が以前に感じた得体の知れない恐怖感は露ほどもない。 

 

 あの奇妙なキャラクターは、ハルの卓越した演技力が成せる賜物なのだろうか?

 

 だとしたら、それは素直に凄いと言える。そして、また別の意味で怖い。

 

 「りりなさん。確認したいことがあるんですけど、いいですか?」

 

 明人が声をかけると、りりなはハルといちゃつく手を止めて振り返った(エスカレートしていく絡みに歯止めをかけるべく声をかけたというのもある)。

 

 「いいよ。どうしたの?」

 

 「ハルさんって、りりなさんの友達で協力者のちょっとだけ変わった人、という認識で間違いないですか?」

 

 「ま、特に訂正する箇所はないんじゃないかな。どうして?」

 

 「正直なことを言うと、俺、ハルさんのキャラクターがわからなかったんです。いつの間にか正体バレてたし。ミッションを進める上で目の上のたんこぶをどうにかしたくて……」

 

 「ハルのことはそんなに心配しなくて平気だよ! 明人君のミッションを本気で邪魔したいと思うほど性格悪くないからさ」

 

 明人は唖然としてハルのことを見つめた。

 

 明人にはこの美女が性格の悪さの塊にしか見えない。性格が悪くないどころか悪女である。

 

 りりながいる手前、分が悪かったのだろうか、ハルはいつもらしからぬ気まずそうな顔をして目を逸らした。

 

 二人の様子を見て何か悟ったのか、りりながハルに詰め寄った。

 

 「ハル、もしかしてもしかしてだけど、明人君にいたずらしてたりしないよね?」

 

 「いや、してない……」


 それは蚊の鳴くような声だった。

 

 その言葉が嘘であることは明らかだった。


 りりなは明人に向き直り、

 

 「明人君、何かやられた?」

 

 「直接的な害のあることはされてませんが、巧みな演技に翻弄されてしまったというか何というか……」

 

 「全部、嘘だからね。私の幼馴染、役者。基本的に、ハルのプロフィールには大別してこの二点しかないと思っていいから。突拍子もないことをこの子が言い出したら、でたらめだからね。信じちゃ駄目だよ」

 

 りりなの口からそう言ってもらえると心強かった。

 

 これでもうハルの存在に悩まされることはない。安心してミッションに就ける。

 

 それだけで大分肩の荷が降りたように感じられた。

 

 実際には、振り出しに戻っただけのようなものなのだが。

 

 「ちなみに、どんなでたらめを聞かされた?」と、りりなが聞いてきた。

 

 「えっと、桜堂組とか」

 

 「桜堂組? 何それ、ヤクザ?」

 

 りりなは吹き出し、腹を抱えて笑い出した。

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