4-2.
湊、西湘と並んで、都内の有名私立の一つに港南学院がある。
十年近く前、とある学生が港南学院に入学した。
彼の名は大川原雅史という。
「デブで不細工でキモい。ダメ男の三要素をそれぞれのステータス値MAXで備えていた奴は、しかしミスコン優勝者と付き合うという大それた野望を抱いていた」
経済学の授業の真っ最中に明人の隣に現れたハルは、「面白い話を聞かせてあげる」と明人に耳打ちし、急にそんな話をし出した。
「けれども、誰もが羨む絶世の美女がダメ男中のダメ男に振り向くわけもなく。大川原は学生生活早々にして人生最大の挫折を経験した」
「ちょっと黙って! 授業に集中できない!」
ハルは低く、とても澄んだ声をしている。
ただえさえ綺麗な声なのに、巧みな役者である彼女は喋り方まで自由自在だ。
そんな彼女に、魅惑的な口調で、耳元で囁かれている。息が吹きかかる。煽情的である。それでいて、話の内容が尋常ではない。
損益分岐点がどうこう言っている場合ではない。
「奴は非リア連合に入った。学生生活の全てを捧げて、リア充たちがキャンパスライフを謳歌をするのを妨害した。特に見目の良いカップルが奴は嫌いだった。自分が美女と付き合えない憂さ晴らしに、奴は学内で猛威を振るった」
リア充妨害活動に半生を費やした大川原はもちろん授業などまともに出ていない。
同期たちが晴れやかに卒業式を迎え、社会に旅立っていく中、大川原は留年した。留年に留年を重ね、大学に寄生し続けた。
「それでも奴は、ミスコン優勝者と付き合うという夢を諦めていなかった。毎年毎年積極的にアタックをし、フラれてはありったけの誹謗中傷を書き綴った手紙を大量に送り付けた。ミスコン優勝者に対する嫌がらせ問題が顕在化すると、事態を重く見た大学側により港南学院のミスコンは廃止となる」
港南学院にはキャンパスの治安維持活動を行う団体が存在する。
当局から追われた大川原は港南学院から逃げ出し、湊へ潜り込んだ。
正式に編入学をしているのかどうかは不明である。そもそも、港南学院に籍が残っていたのかもわからない。
「大川原は非リア連合湊支部の有志を集め、冬枯れの花園を立ち上げた。それ以来、リア充を妨害することに悪知恵の限りを尽くし、この大学で猛威を振るっている。これが冬枯れの花園の親玉に関する一連の流れ」
そこまで話すと、ハルは明人の耳たぶにキスをした。
チュ、と艶めかしい音が鼓膜を震わした。
明人は顔を真っ赤にして身をのけぞらせる。
「このっ……」
変態! と怒鳴ろうとしたが、叶わなかった。
抱きつくように身を寄せてきたハルに遮られたのだ。ハルの細い腕に絡まれた明人は狼狽のあまり身動き一つできず、そのまま椅子からずり下ろされた。
「しっ。まだ話の続きがあるの」と、ハルは囁いた。
机の下は周囲からは完全に死角だ。口を塞がれ、助けを求めることもできない。
「はびこる悪を滅ぼすため、この男を追っている人がいる。黒髪ショートのりりなっていう女の子だ。今週末に、彼女は花園の幹部の馬込を狙ってある作戦を決行する。君にはそれに協力してもらいたい」
「勝手なことを!」と、明人はハルの手を振り払って抗議した。
突拍子もない話を聞かされた挙句、見ず知らずの人に協力しろだなんて、そうやすやすと頷ける話ではない。
しかし、不運なことに明人はハルに弱みを握られているのだ。
「四の五の言わずに従いなさい。いいのかな? 愛しいあの子に正体を知られることになっても」
そう言われてしまっては、何も言い返すことができない。
ハルがどうして自分を巻き込もうとしてくるのかはわからないが、少なくとも、彼女が明人の正体をすぐにバラしたりするつもりはないらしいことがわかった。
と、なれば今は彼女の言葉に従うしかない。
激しい屈辱感。しかし、ここで踏み止まってしまえば、この気持ちを晴らすチャンスも永遠に失われる。
「一つだけ聞いてもいいですか? 今の話で、気になった点があるんです」
明人がそう言うと、ハルは無言で見つめ返してきた。
うっとりと見惚れるような視線。相変わらず蠱惑的だが、明人は気を取られないように努めてその質問を口にした。
「ハルさんって、去年のミスコンで優勝してますよね。と、いうことは、大川原雅史と面識が?」
「勘がいいね」と、ハルは言った。明人の推測は当たっていたようだ。
ハルの話が本当なら、ミスコン優勝者である彼女も大川原雅史という謎の男に関する一連の事件の被害者であるはずだ。
彼女は大川原雅史に恨みを持ち、復讐しようとしているのだろうか?
黒髪ショートのりりなとは、ハルの協力者なのだろうか?
考えを巡らせる明人に、ハルはにやりと笑って言った。
「まあ、細かいことは詮索しないようにね。りりなは桜堂組の中でも随一の実力者で、おまけに恐ろしく冷淡な性格だ。この界隈でBLと言えば、それはボーイズ・ラブじゃなくブラッディ・レディ、彼女のことを示す。よく返り血に染まる彼女には打ってつけの通り名だよね。とにかく気性が荒いんだ。気に入らないものは何でもかんでも闇に葬りたがる。この私でも、扱いに困るほどなんだよ。機嫌を損ねないように、精々頑張りな。もちろん、私の機嫌もね」
明人はカッと頭に血が上ってくるのを感じた。
怒りのあまり、一瞬我を忘れ、
「嘘つくなーっ!」
気が付いたらハルを五メートル先まで蹴飛ばしていた。
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