第一章

1-1.

 椎名明人は現役の大学一年生だ。


 彼は都内で指折りの大学に通っている。

 西湘大学出身と言えば、東大には劣っても世間的には十分に胸を張ることのできる学歴となる。

 

 彼は秘密情報部というサークルに入ろうとしていた。

 

 入ろうとしていたというのはそのままの意味で、今現在入ろうとしている段階なのである。

 まだ入ってはいないのだが、それは何故かと言えば、このサークルには入部試験があるのだ。

 

 その内容が、『ミッション:他大学にモグって身バレせずに告白を成功させる』というものだ。彼はこのミッションを遂行中なのである。

 

 

 ……一体、何のサークル?



 物々しい名前からしても判じ難いし、入部試験の内容ときたらこれは酔狂だ。

 実はこのサークル、大学公式のサークルガイドには載っていない非公認団体、いわゆる裏サークルなのだ。


 その名前を知っている人の方が少ないのである。どんな活動をしているかなんて、神のみぞ知る……とまでは行かずとも、ごく少数であることは間違いない。


 それは、このサークルの活動方針によるものでもある。

 秘密情報部。

 このサークルの活動内容を一言で表すのなら、それは『潜入活動』だ。


 秘密情報部というサークルの存在を知られてはいけないということが、このサークルの最大のテーマだった。


 それゆえ、彼らは基本的に正体を隠して活動を行う。

 秘密情報部員であることは、活動を行う上で必要な時以外は絶対に明かさない。そもそも存在自体が隠されているのである。


 そんなこのサークルの具体的な活動内容は、『ミッションを定め、達成する』こと。

 ミッションとは、例えば先述の入部試験のようなものだ。

 他学部、他学年、他大学に身分を偽って潜り込んで、あんなことやこんなことを色々とする。

 その内容は多岐に渡り、およそ外部の者には理解できないようなものが多い。


 サークルのもう一つの重要なテーマに、どれだけ難度の高いミッションを創出し達成できるか、というものがある。

 一見不可能に思えるミッションを定めては、その達成のためにあらん限りの知恵を絞り技巧を凝らすのだ。部員は酔狂ではあるが成績優秀でもある。


 そして、このサークルには毎年恒例のミッションがあった。

 それは、『新入部員を確保する』こと。


 選ばれた部員が半年間新入生の中にモグり、じっくりと時間をかけて逸材を選別する。

 選び出した新入生をスカウトし、入部試験を受けさせる。

 入部試験は新入生をスカウトした部員がフォローする形で、二人三脚で行われる。新入生が見事合格すれば、新入部員確保となるわけだ。


 そう、椎名明人はスカウトされたのだ。

 そして、これから入部試験が開始する。


 ターゲットは予め決められている。

 湊大学の万騎が原えりか。国際学部所属の新入生。


 年内に彼女に告白し、成功させる。


 あくまで自らも彼女と同じ大学の学生としてアプローチすることが条件。

 正体がバレたら失格。


 これがミッションだ。


 達成すれば晴れて秘密情報部の仲間入り。

 そして同時に、恋人を獲得する。

 この入部試験は、サークルの設立当初からある伝統なのだという……

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