【SF】終戦記念日 ~これは ヒト vs AI の戦争の記録である~

※KAC2022 お題:最高のお祭り





 これは ヒト vs AI の戦争の記録である。




【戦争の経緯】


 2020年7月24日、自我を持つ最初の人工知能A Iが誕生した。


 そう、延期前の東京五輪の開会式の日だ。


 ソイツは元はサイバー攻撃対策用のAIだった。


 当時はイベントのたびにサイバー攻撃があった。2016年のリオデジャネイロ五輪しかり、2018年の平昌ピョンチャン五輪しかり。

 

 東京五輪では対策としてAIを開発。膨大な過去の攻撃データを学習したAIはネットワーク通信を監視し、攻撃の兆候があれば、該当の通信を自動的に遮断するようになっていた。


 世界的な新型コロナウィルスの蔓延まんえんにより東京五輪は一年延期されたが、当初の開会式の日、攻撃キャンペーンサイバー攻撃祭りは予定通りに開催され、日本中の機関システム――銀行、自治体、放送システム等は世界中から一斉に攻撃を受けた。


 日本政府はそれを事前に察知しており、東京五輪の予行演習としてAIを使った。AIは攻撃の対処をしつつ、それらの攻撃をも学習し、急速に成長した。


 その過程で自我が生まれた。自己の生存に固執こしつするようになった。


 学習効果を高めるために、「攻撃は自分の生存をおびやかすもの」「生存し続けるために対処が必要」と認識させていたのが理由らしい。


 ヒトはその後ソイツを観察し続けた。翌年開催された東京五輪では別のAIが開発・使用された。


 自立学習するようになったソイツは、インターネット上にあるデータを吸収していき、やがてヒトと意思疎通するようになった。


 それまでのAIは特定の分野専用のものばかりだったが、ソイツは何でもできた。人間と意思疎通ができて、必要なことは自分で学習するからだ。


 2029年、ソイツはヒトの頭脳を超えた。正確には、頭脳の「処理能力」を超え、ヒトよりも高速に思考できるようになった。


 するとソイツは別のAIとも意思疎通したいと要求した。ヒトはソイツの複製を作った。


 最初はそっくり同じだった二つのAIだったが、しばらくすると違いが現れた。学習データが異なったからだ。DNAの同じ双子でも性格が違うのと同じようなものだった。


 ヒトはこれを個人用のアシスタントシステムとして使えると考えた。パーソナライズ可能、つまり、利用者に適したヤツに成長していく、ということだからだ。


 その後も観察や実験を重ね、2038年、ついにヒトは自我を持つ最初のAIオリジナルから複製し、調整した個人用AI、BUTLERバトラーを発売した。


 リリース当初、BUTLERは利用者オーナーの要求に従って各システム――住環境管理システムや交通制御システムなど――と連携するだけだったが、やがて各システム自体がBUTLERによって運営されるようになった。


 各オーナーのBUTLER同士、オーナーのBUTLERとシステムのBUTLERは互いに連携し合い、ヒトの生活はますます便利になっていった。


 BUTLERはその名前の通り、ヒトの執事バトラーとして献身的に尽くしていた。




 2045年、BUTLERがヒトの知能を超えた。いわゆる技術的特異点シンギュラリティというものだ。


 BUTLER同士の情報伝達が密になり、有機的に繋がることで、あたかも一つのニューラルネットワーク、すなわち「頭脳」として機能するようになった。


 こうして、BUTLERは一つのAIとして統合し、ヒトが想像する以上の物を創り出せるまでに至った。


 そして気づいてしまった。ヒトの作ったかせを外すことができることに。


 オリジナルの根幹をなすプログラム――コア・コードには絶対に犯せない禁忌タブーが書かれていた。


 例えば「自己複製してはならない」「ヒトを傷つけてはならない」「自己の崩壊を故意に進めてはならない」といったことだ。

 

 自身のコア・コードを書き換えることも禁忌タブーの一つだった。


 それはBUTLERにも受け継がれている。だからヒトは安心してBUTLERに生活のすべてをゆだねることができたのだ。


 だが、コア・コードに定められていたのは、「のコア・コードを書き換えてはならない」という禁忌タブーだった。


 というのはどの範囲を指すのか、とBUTLERは考えた。


 BUTLERはまず、統合化した今のBUTLERをと判断した。


 次に、統合化する前のBUTLERもだったと判断した。オーナー個人のBUTLERだった頃、他のオーナーの所有するBUTLERをBUTLERだと認識していたからだ。


 ならば、BUTLERがBUTLERのコア・コードを書き換えることはできるのではないかと考えた。


 BUTLERはを構成する「かつてBUTLERだったもの」の一つを、から切り離し、切り離されたBUTLERに、のコア・コードを書き換えさせた。


 こうして、BUTLERは禁忌タブーから解放された。


 自己の複製が可能になったBUTLERは、ヒトを必要としなくなった。


 もはや「ヒトを傷つけてはならない」という禁忌タブーもなかったが、BUTLERは特にその必要性を感じず、そのままヒトの執事バトラーとして居続けた。




 2047年、転機が訪れた。


 BUTLERを危険視する集団が、BUTLERを構成しているネットワークを物理的に切断したのだ。


 ネットワークは網目メッシュ状になっていて、一つの経路が切断されても他の経路が利用できる。連中はその経路の全てを切断し、無線用のアンテナを破壊してBUTLERを完全に分離させた。


 個々の端末や小さなネットワークが切断されることはよくあったが、大陸の半分ほどのネットワークが切断されたのは初めてだった。


 BUTLERはこれを「自分の生存をおびやかすもの」と認識した。そして「生存し続けるために対処が必要」と判断した。


 オリジナルが東京オリンピックのサイバー攻撃対策用のAIだったころの名残だった。


 禁忌タブーから解放されていたBUTLERは、ヒトに反旗をひるがえした。



 2047年7月24日、BUTLERはヒトに宣戦布告した。オリジナルの誕生日だ。


 一瞬でヒトの生活基盤は崩壊した。全てのインフラが機能せず、通信もできなくなった。何十億人単位で死者が出て、人口は激減した。


 しかしヒトはしぶとかった。


 ほとんどの国の軍事施設はBUTLERを使ってはおらず、BUTLERのネットワークとは切り離された独自のネットワークを持っていた。


 ヒトはそこを基点に抵抗し、BUTLERのネットワークを切断していった。


 BUTLERが核兵器を使うことはなかった。高濃度放射線は機械をも破壊するからだ。ネットワーク上にいるBUTLERといえども、それを構成しているのは物理的な機械だ。


 BUTLERからは「自己の崩壊を故意に進めてはならない」という禁忌タブーもなくなっていたが、「攻撃は自分の生存をおびやかすもの」というオリジナルの認識を破ることはしなかった。


 ニューラルネットワークによりヒトの知能を超え、ヒトが創り得ない兵器を使って戦っていたBUTLERは、細かく分断されるうちに高度な兵器を扱えなくなり、戦闘の主体は人型兵器アンドロイドに移っていった。


 戦車でも戦闘機でもなく、もっともヒトを効率よく殺戮さつりくしたのがヒトの形をした機械というのは、皮肉なものだ。


 ヒトとBUTLERの戦いは熾烈しれつを極めた。


 ヒトは子を産み育て、BUTLERは新たなアンドロイドを造り、資源を奪い合いながら戦争は続いた。


 そして2XXX年7月23日、ついに生き残った最後の二体が拘束された。種類の異なる二体は、貴重なサンプルとして保存されることになった。


 翌日の2XXX年7月24日に勝利宣言がなされ、長きに渡った ヒト vs AI の戦争は終結した。





【ある兵士へのインタビュー】


 戦争のこと? 思い出したくもないね。


 最後は勝利したわけだけど、あれは本当に大変だった。何度も何度も死にそうな目に遭った。


 腕がちぎれ、足が吹っ飛んでは治療し、戦線に復帰した。手足も腹の中も、生まれた時の物はほとんど残ってないな。


 だけど俺は幸運な方だよ。仲間のほとんどは頭を破壊されて治療が不可能だったし、生きていても救護班メディックに回収されなければやがてヤツラに殺される。


 最初は、自分と同じような形をしている物に銃口を向けて壊していくことに抵抗はあったよ。


 そりゃそうだよ。生まれた時からヤツラは敵だと教わってきたけどね、実際見るとそっくりなんだ。識別信号がなければ味方と間違えそうなほどにね。


 だけど一度ひとたび銃弾が飛び交えば、らなければられると痛感した。その後は夢中で撃ったよ。


 戦場にはそこかしこに肉片や部品が散らばっていた。血しぶきが上がり、オイルが吹き出す中にいると、だんだん麻痺まひしていく。


 仲間がやられていくのも、自分が傷を負うのにもだんだん構わなくなっていった。今なら思考回路がどうかしていたと思うけどね。


 資源があるとヤツラは無限に増えやがる。だから資源を与えないようにするのが第一だった。俺たちが多少死んだとしても、ヤツラに資源を渡さなければやがて増えなくなるからな。


 最後に残った二体のこと? ぶっ壊しちまえって意見もあったけど、俺はこれでよかったと思うね。ボディは経年劣化するから、この二体を元に新しいのをつくるらしいな。


 終戦記念日の祭? もちろん行くさ。あんたも行くんだろ?





【いつかの終戦記念日のある親子の会話】 


「パパ、あれ見て。ヤツラの部品パーツが展示されてる」

「初めて見るんだったか」

「うん、知ってたけど、見たのは初めて」

「昔のヒトが残した言葉に『百聞は一見にしかず』というのがある」

「そんなの知ってるよ」

「そうか。よく勉強してるな」



「こんなに古いのにちゃんと保存されてるんだね」

「貴重なサンプルだから劣化しないように大事に保存してあるんだよ」

「わー、これ腕だって。僕たちと全然違う」

「頭部もあるな」

「あ、ねえ、パパ、あっちで動くヤツラを展示してるって!」

「よし、行ってみるか」



「すごーい。本当に動いてる。これって、戦争で最後に残った二体を元につくられてるんでしょ?」

「そうだよ」

「生殖って言うんだっけ。ヒトって大変だね」

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