16

『三尉』頭の奥で声がする。『しっかりしてください、マト三尉』

『……ニア?』わたしは呟く。『何やってるの? 早く行きなよ』

『あなた一人を置いて行けるはずないじゃないですか』

『そうは言っても、わたしもう動けないし』

『でも、あなたはしっかりとそこにいる』

『〈魂〉のこと?』

『一緒に行きませんか?』

『どうしようかな』と言ってみる。『わたし、寒いの苦手だし』

『もうそんなこと気にする必要ありませんよ』

『それもそうか。でも、いきなり敵の兵士が来たら驚かれるんじゃないかな。スパイだと思われるかも』

『そのことなんですが、僕に考えがあるんです』

『考え? どんな?』

『それは道々お話しします。というか、同期したら一瞬でわかります』

 わたしは彼の申し出を受け入れる。ハナから迷ってなどいなかったのだと気付く。

『なるべくならあなたの全てを連れていきたいのですが、あいにく容量には限界があります』

『だろうね』わたしは頷く。『大丈夫。持っていきたい〈荷物〉はそれほど多くはないから』

『僕の一番大事な領域をお貸しします。狭いですが、そこなら僕が存在する限り、あなたが失われることもありません』

『いいの? わたしが君のお母さんになっちゃうかも』

『そこはしっかりパーティションを区切っておきますから』

 わたしたちは笑う。その歓談を掻き消すように、後ろから黒い呻き声が迫ってくる。ティンカーベル、というより、わたしたちを追っている者たちの総意だ。

『一つ提案』わたしはニアに言う。『君の〈苦痛〉をここに置いていこう』

『爆弾みたいに』

『そう。少しは足止めできるはず』

『いいですね。でも、少しは持ち帰らせてもらえませんか?』

『どうして?』

『この〈痛み〉や〈苦しみ〉も、僕を構成する一部ですから。そっくりなくしたくはないんです。もちろん、忌まわしい記憶であるのは確かですけど』

 なるほど、とわたしは思う。

『君、本当に十四? 実はおじいさんってオチじゃないよね?』

『さて、どうでしょう』

 わたしたちは不要なデータを切り離し(ニアは〈苦痛〉を凝縮したデータを追っ手に投げつけて)、その場を離れた。〈蟹〉が爆発する瞬間は見ていない。認識するための物理肉体も同時に失われてしまったから、見るのは不可能だった。わたしを含んだニアの意識が、崩壊を始めたアンテナを駆け上る。わたしたちは、灯台島から送信された最後のデータとなる。

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