11
脳解析を受けるのは初めてではない。入隊試験の際と左眼の電化手術の際で、計二回受けている。
こちらは窯のような機械の中で仰向けで寝ているだけだから、それほどの苦労はない。人がこの検査を厭うのは、頭の中を覗かれるからだろう。一見すると個々の数値でしかないデータでも、統合したり系統立てすれば〈思考〉という形をとる。あるいは、〈記憶〉を復元することだってできる。厄介なのは、それらが仮に間違った結果であっても、こちらの異議が通らないことだ。解析結果は絶対正義。異論を抱くのは筋違い。脳解析は、本人の気付いていない潜在的思考まで読み取るものだから――。そうした道理が平気でまかり通ってしまう。
そんなものにわざわざ自分から手を挙げ臨むというのは、進んでうなじを晒し断頭台に首を置くのと変わらない。もちろん、何のメリットもなければこんなことはしない。開始間際に至ってもわたしはメリットを見出せずにいたが、左眼の居候にはそうではなかったようだ。彼には自信があった。
『どうか心配しないでください。上手くやりますから』
『どうするつもり?――信じてるけど――首が痛い』慣れない無発声会話で、言葉が纏まらない。足元からは既に、スキャン用の赤い走査線が昇ってきている。爪先からスキャンするのは、全身の血流や心拍数、筋肉の緊張を測るためだとヨリが言っていたのを思い出す。
『そのまま何も考えずに』彼は言った。『僕に任せてください』
『そういえばこの子の名前知らない』思ったことが、そのまま頭の中に響く。
『ニアです』少年が言った。『これからはニアと呼んでください。マト三尉』
『どうしてわたしの名前……』と思いかけて、やめる。わたしの中にいるのだから、わたしについて知るのは造作もないことなのだろう。
走査線は胸を経て首を舐め、顎に達する。瞼を閉じても赤い光が眼窩の上を通るのがわかる。光は一度通過し、もう一度戻ってきて、また瞼を舐める。そんな風に、わたしの顔面から頭にかけてを何往復もする。脳の、奥の奥にある皺の一本さえも見逃すまいといわんばかりに。
わたしは何も考えないようにする。〈何も考えない〉ことすら考えないよう、徹底的に頭を空にする。ニアに全てを委ね、全身を包む機械の唸りに耳を澄ませる。
唸りは、渦潮を思わせる。わたしは難破船の残骸のように、抗いがたい渦に呑まれていく。
自分というものがバラバラに解け、やがて〈わたし〉は消滅する。
全くの無になる――。
やがて、機械の外側でブザーが鳴った。
唸りは止み、わたしの身体は窯から出される。真っ白な光に、思わず顔をしかめる。
『お疲れ様でした』ニアが言う。『本当に、頭の中を空っぽにしていましたね』
わたしは寝台の上で起き上がる。
『ああいうことには慣れている――褒められても嬉しくない――、上手くいったかしら』
『カムフラージュはできたかと思います。それに、思わぬ副産物もありました』
『副産物?』
スピーカーから、検査室を出るよう指示が入る。わたしは機械の置かれた部屋を出る。
『基盤の在処がわかりました』
『システムに侵入したの?――初めからそれが目的だったの?』
『いえ、あくまで偶然ですよ、本当に』と、ニアは言う。『試しにドアノブを回してみたら、鍵が掛かっていなかったという話です。無理にこじ開けたわけではありません』
『鍵が掛かっていなかったら入っていいという話じゃない――人の家でも入るのかよ――罠かもしれない』
『あるいはそうかもしれません。けど、〈においのするところには必ず何かがある〉という言葉もありますし』
『聞いたことない――そちらの諺か何か?――着替えるから少し黙って』
わたしは更衣室で検査着から普段の格好に戻る。ロッカーの扉に付いた鏡で、自身の顔を確かめる。特に変わったところはない。もちろん左眼も。そこに他人の、しかも敵兵の意識が宿っているなどとは、傍目からはわからない。
『それで、君としては基盤を取りに行ってほしいわけね?』ようやく無発声会話のコツを掴む。
『できることなら。けど、無理強いはしません』
『そういう態度は強制してるのと同じなんだよ――この国では』
『難しいですね』
『だからわたしはこんな最果てにいる』
ロッカーを閉め、更衣室を出る。薄暗い廊下では、切れかけの蛍光灯が不規則に瞬いている。
『もっとシンプルに生きられる場所があればいいのに』わたしは言った。
『そんなものは、どこにもないのかもしれません』ニアが答える。『少なくとも海の向こうにはありませんよ』
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