言い渡された謹慎は二週間。その間、兵舎の中を歩き回るのは自由だが、外に出るのは許されない。無論、トーチカに近寄ることもできない。

 仕事を禁じられたことで禁断症状のようなものでも出るかと思ったが、そんなことは全くなく、ただ頭がぼんやりしているだけだった。それも不快感とは違い、どちらかといえば夢を見ているような、安らかな浮遊感に近かった。

 やることといえば、ベッドの上で過ごすか、談話室のテレビを眺めるぐらいだった。初めのうちこそ睡眠に充分な時間を費やすことができたが、やがて眠りすぎて疲れを感じるようになった。テレビに映るものに、興味を抱くことはなかった。名前も知らない人々が極彩色の光の中で大口を開けて笑い合っていた。あるいは、誰が死んだとか、ズルをしたとかいったニュースを延々と報じていた。いずれにせよ、わたしが生きるこの場所とは無縁の世界がそこには映っていた。

 そんな日々の最中に〈声〉は聞こえた。

 初めは、退屈に堪えかねた意識が作り出した妄想かと思った。だが、何度も断続的に、しかもこれまでよりもはっきりと〈呼ばれ〉たことで、それは他の何よりも現実味を持ったもののように感じられた。夜中にベッドを抜け出すだけの理由と質量は伴っていた。

 館内は消灯され、窓から射し込む月明かりによって全てが蒼白く染められていた。わたしは〈声〉のする方へ、腰に結ばれた紐を引かれるように廊下を進んだ。

 途中で左眼に意識を集中し、電肢デバイスのメニューを開く。謹慎中、ティンカーベルを含めほとんどの機能は停止されているが、通信波を計測するためのオシログラフは特に害がないと見做されそのままになっている。わたしはそれを起動し、〈声〉の存在を確認する。小さいながらも波が映る。〈声〉に合わせ、波形は上下する。

 誰かが呼んでいる。

 わたしは歩を進める。

〈声〉の主との距離が狭まっているのを感じる。その予感を肯定するように、波形は大きさを増していく。

 やがて、扉に行き当たる。つまり目的地は兵舎の外、わたしには禁じられた場所だ。ノブを回してみると、鍵は掛かっていない。わたしを阻むものは、罰則規定以外に何もない。躊躇が一瞬だけ頭を過ぎる。だが次の瞬間には、答えが決まった。

 外は、この土地には珍しく静かな夜だった。いつもより二回りも大きく感じられる満月が、濃紺の空に浮かんでいる。吹き付ける風もない。一切の時間の流れが停まってしまったようだ。

 一応、周囲の眼を気にしながら進んでいく。だが、人の姿は見えない。警備の一人も歩いていない。どの建物にも灯りはなく、わたしの眠っている間に基地が放棄されたのではと思うほど静まり返っている。

 向かった先は格納庫だ。三つあるうちの一つ。普段は、予備の装備品などを入れておくような場所である。

 オシログラフの波形は、今でははっきりと山を描いている。〈声〉は間違いなく存在する。物理音声では聞こえないが、感覚音声として電肢の受信アンテナを震わせている。更に意識を済ませると、〈声〉が〈言葉〉として意味を持っていることがわかってくる。意味を持っているとわかるということは、その〈言葉〉が聞き取れるということだ。

 ――聞こえますか?

 実際に、そのような発音が聞こえたわけではない。だが、そのようなメッセージを認識はした。? 問いであり、助けを求める叫びでもあるように思える。

 格納庫の大きな扉は閉ざされている。開閉は機械式なので、人間が素手でどうこうできるものではない。脇の通用口も、今は施錠されている。だが、そこから中に入ることが、手段としては最も実行可能なものだった。幸い、通用口の扉は上半分にガラスが嵌まっている。

 羽織っていたパーカーを右手に巻き付け、ガラスを割る。くぐもった破砕音が響くが、わたし以外の誰かの耳に届くほどの音量ではない。そうして空いた穴に手を入れ、内側の鍵を外す。

 カビ臭い暗闇の中を進む。歩く度、足音がそこら中に響き渡る。それ以上に、今では〈声〉がはっきりと〈聞こえて〉いる。

 ――聞こえますか?

 ――聞こえますか?

 ――聞こえますか?

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