思えば、基地でヨリ以外の人間と口を利くのは久しぶりだ。他に会話の相手としてはティンカーベルがいるが、あれは機械だ。

「――以上、報告書の記載に間違いはないな?」

 二人並んだ制服士官の内の、銀縁眼鏡を掛けた左の方が端末から顔を上げる。口髭を生やした右側の方は腕組みしたまま、じっとこちらを見つめている。階級章を見るに、彼の方が上官らしい。

「相違ありません」立ったまま、わたしは頷く。

「何故、撃墜機に接近を?」左側が問う。

「墜としはしたものの、完全に仕留めたという手応えは感じられなかったからです。回収班が接近した時、反撃に遭う危険性を考慮しました」

「その可能性を回収班は常に含んだ上で行動している。〈鴎撃ち〉が気にすることではない」

 わたしは何も言わない。

「ログを見ると――」腕組みしていた右側が口を開く。「君は過去にも同じような行為に及ぼうとしたと推測できる例が少なくとも四例報告されている。いずれも支援AIによって制止されているが」

 告げ口野郎、とティンカーベルを呪う。

「まるで墜とした獲物に何かを求めているようだ。一体何が、君にそうさせるのだろうか」

 二対の視線が鋭さを増す。わたしは目を逸らさない。逃げたら疚しさを認めたことになる。

「――敵機の構造に興味があったからです」わたしは言う。「どの部分を破壊すれば、効率的に撃墜できるのかを知りたくて」

「そうした情報はデータベースに公開している」左の銀縁眼鏡が言う。「わざわざ禁を犯して実物を見に行く必要もない」

「それとも君は、軍の情報を信用できないのかな?」右の口髭が言う。「軍の情報に嘘があると、少なからず考えている」

「そんなことはありません」言葉が上滑りする。嘘のスキルがない自分を呪う。

「先の戦闘で、君は支援AIを出し抜き、ロックしていたのとは別の機体を撃墜した」と銀縁。

「戦果を上げるには敵の不意を突く必要がありました」

「本当に?」口髭の士官の声とティンカーベルの音声が重なって聞こえた気がする。「何か別の目的があったのではないかね?」

「別の目的、ですか」

「君は撃墜した敵機から基盤を取り出し、解析を試みている」左側が言う。「この行為の理由は何だ?」

「敵の目的を解析し、作戦概要、引いては今後展開される敵の行動に関する情報を得ようとしたためです」

「それは情報部の仕事だ」

「ですが、時間が経てば制御AIが消えてしまいます」

「三尉――」右側が前にのめり、組んだ腕を机に載せる。「三尉だったか、君は? まあ階級なんて何でもいいんだが、一つ教えてくれ」

 わたしは是非もなく、相手を見つめる。首が強張って頷くこともできない。

「君は、何かを知ったのではないかね?」

 息を呑む。その音が、相手にも聞こえるぐらい大きく響いたように思える。

 声が震えないよう気を付けながら、わたしは口を開く。

「知った、というのは?」

「知った、見た、聞いた――言い方は何でもいい。とにかく君は何かしらの情報を得た。軍規を破らせるほど、行動に変化をもたらす情報を」

〈声〉のことだ。そんなものが聞こえることは、誰にも話していない。だが、ティンカーベルの記録には補正剤が必要なほどわたしのノルアドレナリンが低下した記録が残っている。何かが起きたと推察するのは容易だろう。

 わたしは口を開く。言葉を捻り出そうして、諦める。それから呟く。

「何も……ただ考え事をしていただけです。つまらない考え事を」


「大馬鹿者」

 声がして、目を覆っていた腕を退ける。ヨリがベッドの傍らに立っている。

「勝手に入ってこないで」蛍光灯の明かりが眩しい。

「謹慎者にプライバシーはない。営倉に入れられなかっただけありがたく思え」

「わたしは営倉でもよかった」寝返りを打ち、壁の方を向く。

「あんたはあそこの寒さをなめてる」

「寒いのは慣れてる」

「想像してる十倍は寒い」

 ベッドが揺れる。彼女が腰掛けたのだろう。

 静かに、宥めるような声で、ヨリは言う。

「何があったの?」

 わたしは答えない。壁を見たまま、まとまるアテのない考えをこねくり回している。〈声〉のことを彼女に話すべきか。話したところで理解されるだろうか。わたし自身、〈声〉を聞いたという確証はないというのに。

 だが、あの眼差し。正面から見合った時の、ドローンの人工眼。視線に含まれていた体温が、どうしても忘れられない。

 あれはまるで――

「マト?」

「ヨリは」わたしは言う。「自分たちは、何と戦っているのだと思う?」

「え?」それから少し考えるような間が空き、敵国の名を呟く。

 わたしは問う。

「それは、人間?」

「そうなると思うけど」

「わたしが毎日撃ち落としているのは?」

「あれはドローンでしょ。AIを搭載した自動兵器」

「AIにも、飛び方の癖ってあるのかな」

 ヨリは、すぐには答えなかった。

「……何が言いたいの?」

 そこまで来て、わたしもようやく自分が何を言おうとしているのかが理解できた。

「馬鹿」彼女はわたしの尻を叩く。「くだらないこと考えてんじゃないの。自分としか会話してないからそんな妄想抱くんだよ」

 ベッドが再び揺れる。彼女が腰を上げたのだ。

 ヨリは声を落とし、いつになく真剣な口調で言う。

「今のは聞かなかったことにする。だから、誰にも言っちゃダメ」

 わたしは彼女に背を向けたまま、小さく頷く。

 扉が開き、閉まる。部屋の中から、人の気配が消える。自分の気配すらも、なくなった気がする。

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