次に気付いた時、わたしは真っ白な世界にいた。

 その白が海面を覆う氷雪で、自分が未だ自走トーチカのハッチから半身を出していると知ったのは、遠くの世界から呼ぶような警報が耳に入ってくるようになったからだ。

 わたしは、生きている。どうにか勝ったようだ。

 考えるより先に、水平線へ目を向ける。飛び去っていく機影が一つ、浮かんでいる。

 その手前には棚引く黒煙。わたしは意識を鞭打ち、〈蟹〉を動かす。

 砂浜から海面の氷へ乗り上げ、〈蟹〉は尚も進む。割れて水没するような心配は要らない。この氷は悲劇的に厚い。

『撃墜した機体に近付くのは命令違反です』

 ティンカーベルの声を無視して、わたしは黒煙の根元を目指す。

 墜落した〈鴎〉は、鳥の死骸といった表現以外に何も思い付かない。この機械は〈壊れている〉のではなく〈死んでいる〉。

『近付いたところを攻撃される可能性があります』

 わたしは構わずトーチカを降り、〈鴎〉の骸に接近する。

 腰からペンライトを抜き、機体先頭に組み込まれた人工眼に光を当てる。瞳孔の反応はない。

 弾が当たったのは、円筒状のボディの前部側面。真っ白な外殻が裂けている。今度は腰からナイフを抜き、裂け目に突き刺す。上下に動かすと、ブチュブチュという音と共に循環オイルが漏れ出してくる。回路の束に腕を突っ込み、手探りで基盤を探し当て、繋がった人工神経を断ちながら引き抜く。ぬらぬらした油まみれの部品が、白日の下に現れる。

「意識クロックを計測」

『基盤は既に破損しています。計測しても無意味です』

「いいからやって」

 視界の左側に仮想オシログラフが現れる。信号は山を描くことなく、横棒が断続的に伸びている。

『信号は感知できません』

「待て」

 わたしは意識を凝らす。

 グラフの信号が、僅かに山を描いた。

 長くはない沈黙が続いた後、もう一度、上下に振れた線がグラフに現れる。

「反応が残ってる。計測を」

『あまりに微弱で誤差の範疇を出ません』

「受信帯域を倍に広げて。この際、精度はぼやけて構わない」

 解析アルゴリズムが走るような、一瞬の間が空く。

『やはり、その基盤からAIの意識反応は検出されません』

 わたしは舌打ちする。その音は、ただちにプロペラ音に掻き消される。

 大鷲のように翼を広げたジャイロクラフトが、氷に積もった細かな雪を巻き上げながら降下してきた。

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