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敵のドローンはほぼ毎日飛んでくる。そのうちの七割は防空網を掠めただけで引き返し、残りの二割は深く侵入してから帰って行く。最後の一割は進路を変えることなく直進してくる。これがわたしたち〈鴎撃ち〉の標的となる。
長期間にわたる戦闘の末、こういった暗黙のルールが出来上がった。本来は全て余さず撃墜すべきなのだろうが、ただの偵察、もしかすると陽動でしかない敵機にいちいち反応していては、こちらの戦力が追い付かない。〈鴎撃ち〉はわたしを含め、この海岸には五人しかいないのだ。敵にしたって、氷の上をただ飛び回っただけで得るものなど何もない。こうしたことを踏まえ、上層部はわたしたちに「海岸へ到達しそうな機体だけを墜とせ」という指示を出している。
組織の末端に属している以上、何も考えず指示に従う他に道はない。出動要請が出て現場へ赴き、敵影を視認までしたところで相手が引き返すのを見送ったということも、一度や二度ではない。狙って墜とせぬ距離ではないが、指示は指示なのだから仕方がない。あるいはお偉方には、万一外しでもしてこちらの無能を晒したくないという心があるのかもしれない。
もっとも、なかなかトリガーを引くことができず、〈鴎撃ち〉がフラストレーションをためているかといえば、そんなこともない。少なくともわたしは何も感じない。別に、銃を撃ちたいとか、何かを破壊したいという欲求を抱えているわけでもないので、〈蟹〉の中で海の彼方へ飛んでいく敵影を見送っていてもさして感動はしない。他の〈鴎撃ち〉たちからも、特に不満めいたことを聞いた覚えはない。皆、無反動砲を使うことなく任務が終わったところで、「まあこんなものか」と気持ちを収めているようである。
まあこんなものか。
わたしたちは、こうした諦念を常に抱え、海岸線を右往左往している。
戦争は、たしかに起きている。
だが、それはわたしたちの身には実際には降りかからない。どこか遠くの、あるいは別次元での出来事。
わたしたちの日常は無音であり続け、命のやり取りのような劇的なことは起こらない。
決して。
この現実が揺らぐようなことはない――。
誰もがこうした共通認識を持っていることは、口に出さずともわかる。仲間意識というような温かいものではない。同じ環境下に置かれれば、誰もが同じ思考に陥るというだけの話だ。
もしかするとこうした環境は故意に作られているのかもしれない、と思うことがある。恐怖も何も感じず、ただ淡々と任務を果たす者の方が、兵士としては上質だろう。機械を操作するための肉体に余計な意思はいらない。当人に本当のことを知らせる必要もない。彼らの抱く〈現実〉が崩れる時、それは即ち彼らにとっての〈死〉なのだから。
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