弓形に伸びる島国で北端に位置するこの海が氷り、それを挟んで二つの国が小競り合いを始めたのは二十五年前。つまり、わたしが生まれた頃のことだった。

 わたしはこの海の沿岸の、小さな漁師町で生まれた。しかし、物心がついた時には既に海は氷と雪に覆われていた。漁業は成り立たず、町は国防軍の駐屯地として、自らの生活を維持していた。大人たちは漏れなく軍に関わる仕事に就き、子供たちも成長したら何らかの形で軍に携わる。それが当然の生き方であり、それ以外の生き方などあり得なかった。

 町で成長した子供の半分は、兵士になる。愛国心に燃える者、父母からの要請など、理由は様々だが、最も多く、かつ説得力があるのは〈実入りの良さ〉だ。兵士は公務員であるし、膠着状態とはいえ前線に位置するこの地での入隊希望では、筆記試験が免除される。学がなく、これから身につける努力もしたくない人間が手っ取り早く財をなすには、うってつけの職業だった。

 わたしはといえば、特に愛国心もなく、軍属の素晴らしさを啓蒙する両親もなく(むしろ逆のことを吹聴する祖父がいた)、高給を得たいとも思わなかった。ただなんとなく、他にすることがなかったら。これが、軍籍に入った実際の理由だ。

 初めのうちこそ何か別の、立派な大義のようなものを拵えていたけど、ついぞそれを使うことはなかった。軍は軍で、わたしにそんなものを求めてなどいなかった。彼らが欲しいのは忠誠心でも義侠心でもなく、機械を操作するための肉体だった。端的にいうと〈人間が主体となって戦争をしている〉ことを証明するための手立てとして、肉の身体が必要だっただけだ。

 入隊した新兵は、まず適正を測られる。その結果に応じ、様々な部門へ振り分けられる。この課程で配属先の職種に応じた何らかの身体の部位を電肢と取り替えられる。技術職であれば少なくとも片手をマニピュレーターに換装され、通信部門では大容量の情報処理のため脳の一部を取り替えられる。〈鴎撃ち〉となったわたしは左眼を供出した。お陰で百メートル先のペットボトルだって拳銃で難なく撃ち抜くことができるようになったし、わざわざ端末を手にしなくても通話やメールの送受信ができるようにもなった。うるさい支援AIが絶えず頭の中で話し掛けてくるというおまけ付きだが、それは必要悪として諦めている。

〈鴎撃ち〉の仕事は単純だ。海の向こうから飛んでくる敵のドローンを、自走トーチカが背負った無反動砲で撃墜する。ただそれだけ。集中力は要るが、専門知識や特別な技能は必要ない。支援AIの声に従って、然るべきタイミングで引き金を引くだけの仕事だ。自走トーチカは一人乗り。つまり仕事は一人で行う。誰に気を遣うこともない。標的を撃ち漏らせばその責任は全てわたしに掛かってくるが、誰かの失敗に足を引っ張られることもない。気楽だ。

 わたしにとってはまるで天職なのだが、他の人々には違うらしく、〈鴎撃ち〉のなり手はそうはいない。適正をクリアして配属されても、その肩にのし掛かってくる重責に精神が堪えきれず、隊を去って行く者が多い。入隊七年目のわたしが気付けば古参の部類に入っているほど入れ替わりが激しく、正直わたし自身、上官以外の面子をよく把握していない。覚える必要もないのだけど。

 去って行く者たちの気持ちもわからないではない。〈鴎撃ち〉の仕事に成果はない。飛来する敵機を墜とすのは、当然の結果なのだ。一方で、失敗は明確に存在する。それは物的・人的被害として、具体的な数字となって表れる。そしてそれらの責任は、様々な組織を経た上で、最終的には一切の希釈もされることなく〈鴎撃ち〉個人の身に覆い被さってくる。わたしが入隊してからも、実際に何人かが失敗による責任を負って隊を抜けるか、自死を遂げた。あるいは、自死を選ばなかった者たちも、実は何らかの方法でもう死んでいるのかもしれない。

 それでもわたしは、この仕事を天職だと感じる。他に、自分にできることなど思い付かない。自走トーチカの、二立方メートルのコクピットだけが、この世界におけるわたしの唯一の居場所なのだ。

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