2.
野々花とはクラスも違うし、廊下ですれ違うこともなかった。光は自転車通学で、野々花は電車通学。光は部活で、野々花はバイトがある。だから、家が近いと言っても、偶然会うことはめったにない。
遊びに行く約束でもしなければ、この昼休みだけが野々花と会う時間なのだなと光は改めて思う。
「野々花ちゃん、今日も来ないなんて……」
昨日よりいっそう落ち込んでいるレイア。
「しょうがないよ。今度会ったら、レイアに会うように言っておくから」
会う機会もないけれど、家に行けば確実に会えると思って光は言う。
「私も会いに行きます!」
「いや、野々花の様子を見てからの方がいいと思う」
もうご飯も食べ終わっているそこへ、誰かが近づいてきた。
「なあ、伊藤はどうしたんだ?」
夕美の元カレの志郎だ。もう下げるだけの食器を手にしていた。
「ああ。まあ、ちょっと例の先輩のことで……」
夕美はどうやら彼に話していたようだ。例の先輩で通じるようで軽く頷く。
「ああ。あのパン屋に通っているっていう。そういえば、友達が言っていたんだけど、その先輩、元々バスケ部だったみたいだぜ」
「そうなんだ。何か部活をやっていたんじゃないかって思っていたけれど」
どうやら志郎は情報通のようだ。ただ、元というところに引っかかる。三年生が引退するには少し早い。その理由をサラッと志郎が言う。
「それがさ。何でもバスケを辞めた理由が、部長と美人のマネージャーを取り合ったからなんだと」
「「「え……」」」
志郎の言葉に光たち三人はぽかんとした。かなり寝耳に水な情報だ。
「しかも、伊藤には悪いけど、先輩まだそのマネージャーが好きだって言う話だぜ。マネージャーってのが、かなりの美人で」
「ストップ、ストップ!」
夕美が立ち上がってまで志郎の口を塞いだ。
「志郎、口が軽いの悪い癖だよ。私たちそんなの聞いていないから」
「う。まあ、これぐらい、三年は結構知っている話だってよ。じゃな!」
志郎は三人の心をかき乱すだけかき乱して去って行った。
「どうする?」
光は顔を寄せて聞いてみる。
「どうって、こんなの野々花ちゃんには言えませんよ」
「……いまも好きって本当かな。野々花のことは?」
夕美の言うことに光とレイアは押し黙った。
その日の放課後、光はいつものようにサッカー部のマネージャーを務める。夕方だが、まだまだ昼間の暑さが残っていた。額の汗を拭いながら、泥のついたゼッケンの入ったかごを抱えて水飲み場に行く。そこには先客がいた。
「こんにちは」
そう言われて光はぺこりと頭を下げた。バスケ部の三年のマネージャーだ。体育館から近い水飲み場だし、以前会ったことがある。
たぶん、この人が志郎の言っていた人だろうと光は思う。長い髪を無造作にまとめているが、顔立ちが整っているので、それも決まって見える。
「ゼッケン? ずいぶん汚れていて大変ね」
「いえ。これぐらい汚れたうちに入りません」
彼女は水筒を洗っていた。たぶん部員のものだろう。
「あの、三年の先輩ですよね」
「そうよ」
光は蛇口をひねりながら何を聞こうか考える。紘道先輩って知っていますか。彼とはどういう関係なんですか。そんなことは聞けない。
「彼氏っているんですか?」
そう聞くと、ちょっと驚いた顔をされた。遠まわしだけれど、いま付き合っている人がいるか聞けばどういう状況なのか少しは分かるだろう。
「いるよ。うちの部長と付き合っているの」
それなら、紘道先輩は彼女に失恋したのかもしれない。光はホッとする。彼女がフリーじゃなければ、紘道先輩も諦めている可能性が大きいだろう。噂が本当ならだけれど。
「あなたも付き合っている人いるでしょ。キーパーの彼、彼氏でしょ」
「あ、はい。そうです」
よく知っているなと光は思う。
「やっぱり。二人いつも仲良く並んで帰るから、そうなんじゃないかと思っていたの。ねえ、どうして付き合いだしたの?」
意外にも突っ込んだことを聞くなと思ったけれど、別に秘密にしているわけじゃないので光は言葉を探す。
「えーと、元々、幼馴染なんですけれど、彼の方からいつでも一緒にいれるように、付き合いたいって言ってきて」
「そうなんだ。素敵ね」
光と拓馬が付き合い出したのは、高一の夏だった。その場には野々花もいて、拓馬を後押ししたようだった。光はこれまでも一緒にいたし、別に付き合う必要はないじゃないかと言った。野々花は、それは違うと首を振る。これからも一緒に過ごしたいのなら、彼氏として一緒にいる必要があると。
光は今後も拓馬と一緒にいたかった。それで光は頷いたのだ。
実際、同じ幼馴染のはずの野々花と拓馬は一緒にいる頻度は少ない。それに、二人でいると必ず付き合っているのかと聞かれた。中学生までは友達だと言い張っていたけれど高校生となると、見方も変わってくる。あのとき、断っていたら拓馬に他に彼女が出来ている可能性だってあったのだ。そう思うと胸が苦しくなるのだから、やっぱり野々花の言う通りにしていて良かった。
野々花は自分のことはサッパリなのに、人のことには感が鋭い。
(拓馬とのこともあるし、一肌脱ぐか)
光はゼッケンを洗いながらそう思った。
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