5.


 どうしたものかと、レイアは思う。そう思っていると紘道先輩の方から、言いにくそうに話し始める。


「あの、さ。野々花ちゃんとは、高校のときから仲がいいの?」


 少し顔を赤らめた紘道先輩は自分のソフトクリームをじっと見ている。なるほどとレイアは思った。レイアと紘道先輩の共通の話題。それは野々花しかありえない。


「野々花ちゃんとは、実は中学のときからの仲なのです。元々、野々花ちゃんにも私にも、二つ年上のお兄ちゃんがいてですね」


「同じ青華学園?」


「いいえ。私のお兄ちゃんは別の学校です。二人が出会ったのはストリートバスケで、一緒にバスケをしているうちに仲良くなったそうなのです」


 思えば兄たちが仲良くならなければ、レイアは野々花と出会うこともなく、そのまま村丘女子高に進学していただろう。


「お兄ちゃんに連れられて、野々花ちゃんの家に遊びに行ったんです」


 兄はきっと気づいていた。日本に来る前は、よく友達と遊びに出ていたし、家にも呼んでいた。それが全くなくなったのだ。中学でうまくいっていなかったことを知っていて、レイアを同じ年の野々花のいる家に誘ったのだと思う。


「びっくりしました。野々花ちゃんの家、六人兄弟で、おじいちゃんおばあちゃんも一緒に住んでいる大家族なんですよ!」


「六人兄弟で、両親もいて……、野々花ちゃんの家、十人家族っていうこと!?」


「はい」


 レイアは指折り数えて驚く紘道先輩を見て、なんだかおかしかった。


「ああ、だからアルバイトをしているんだ」


「野々花ちゃん、スマホ代とかお洋服は自分で買っているって言っていました」


「そうなんだ。偉いな」


「そうなんです! 野々花ちゃんは偉いんです!」


 休みの日は弟と妹たちの面倒をよく見ていることをレイアは知っている。野々花はとても面倒見がいい。レイアもそうだった。


 はじめて会った時から、野々花はレイアを温かく迎えてくれた。夕美や光という、新しい友人たちを紹介してくれた。青華学園に来ないかと誘ってくれた。行き場のなかったレイアに居場所を作ってくれたのだ。


 昔のことは、もう過去のことだ。いまは野々花が幸せになるために、紘道先輩に野々花のいいところをアピールしなければならない。


「野々花ちゃんはですね。お弁当も毎日作っているんですよ。とってもお料理上手で、私食べたことあるんですけれど、ほっぺたが落ちるかと思いました!」


「それでですね。私服も可愛いのです。何を着ても似合っちゃうんですけど、特にワンピースが私は好きで」


 それから、それから。


「レイアちゃん、レイアちゃん」


「はい?」


「ソフトクリーム、溶けてきているよ」


 そう言われて手元を見ると、半分ほど残っているソフトクリームが溶けてコーンの部分に垂れてきている。


「大変です!」


 レイアは慌てて、かぶりついた。既に食べ終えていた紘道先輩が黙って見ている。残り半分を平らげて、レイアは紘道先輩に向き直った。


「ごちそうさまでした!」


「うん。元気になったみたいだし、俺はそろそろ行こうかな」


「あ! 先輩!」


 立ち上がった紘道先輩の服の裾を思わず掴むレイア。なに? と紘道先輩は笑顔のまま振り返った。


「えーと、連絡先を教えてください!」


 レイアはスマホを取り出して、紘道先輩に突き出した。


「ああ、いいよ」


 少し驚いた表情をした紘道先輩だったが、すぐにスマホをズボンのポケットから出して操作する。QRコードを使って簡単に連絡先を交換出来た。


「今日はありがとうございました!」


「うん。じゃあ、またね」


「はい!」


 レイアは上機嫌だった。これで野々花に紘道先輩の連絡先を教えることが出来る。野々花の役に立ったのだ。




 レイアはもう少し公園で休憩して、商店街を横断して、駅に向かった。野々花たちとの待ち合わせは四時からだ。少し早めに着いたが、光が先に来ていた。部活終わりだからか、学校指定のジャージを着ていた。


「レイア、着物よく似合うよ」


「そうですか? 着崩れていたりしませんか?」


「大丈夫、大丈夫。といっても、私にはよく分からないんだけどさ」


 光はニカっと笑う。そうこうしているうちに、改札から野々花と夕美が出てきた。夕美は野々花の家に遊びに行っていたらしい。


「レイアちゃん、すごい素敵!」


「うん。ピンクの着物、レイアに似合う」


 二人とも手放しで褒めてくれた。


「嬉しいです! あ! そうだ! 野々花ちゃん、実はすごいご報告があるのです!」


「なあに?」


「これを見てください!」


 レイアはスマホを操作して、画面を見せた。


「これって……」


 そこに映し出されていたのは、紘道先輩のSNSのアカウントだ。アイコンは白い猫だけれど、名前を見たらすぐに分かる。


「たまたま買い物をしていた紘道先輩と会いまして、連絡先を交換してもらったのです。どうです、野々花ちゃん! これで紘道先輩と連絡が取れるようになりますよ!」


 レイアは興奮してまくし立てた。だから、三人がすっかり黙ってしまったことに気が付かなかった。


「えーと、紘道先輩の連絡先を教えるのはどうすればいいでしょうか。野々花ちゃんと紘道先輩をグループに招待するとかですかね」


 レイアはスマホを操作しようとした。その腕を横から伸びた手が掴む。


「夕美ちゃん?」


 レイアの腕を掴んだのは夕美だった。


「レイア。それはダメだよ」


 そう言うのは光だ。


「何がですか? あ。紘道先輩にIDを聞けばいいですね」


「そうじゃないよ。でも野々花はこんな風に知りたくないと思う」


 そう言いながら夕美はレイアから手を離した。レイアは野々花の方を見て、ドキリとした。少しうつむいて、微かに震えている。その眼は潤んでいた。


「野々花ちゃん……」


「うん。うん……。レイアちゃんが私の為に紘道先輩に聞いたこと分かっているよ」


「じゃあ」


 それを聞いてレイアは顔を輝かせる。


「うん。でも、ごめんね」


 野々花はレイアの目の前で、背を向ける。そしてそのまま改札の向こうへと走って行ってしまった。


 野々花が目の前から消えたことで、やっとレイアは自分が余計なことをしてしまったことが分かった。もしかしたら、中学のときも無意識に同じようなことをしていたのかもしれない。


 レイアは過ぎ去った過去を見つめ、身動きできずにいた。


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