4.
イギリスに住んでいたレイアが日本に来たのは、中学二年生の二学期のときだった。両親の仕事の都合だったが、日本に来ることが嬉しかった。レイアはおばあちゃん子で、日本も好きだったからだ。二つ年上の兄はインターナショナルスクールに通うことにしたが、レイアは普通の公立学校に行くことにした。
日本語はイギリスでも勉強していたから自信はある。最初は中々、うまく受け答えが出来なかったけれど、友人関係はそれほど問題なかった。すごく仲のいい友達もいないけれど、寂しさを感じるほどでもなかった。
しかし、中学三年生になったときから、クラスの女子が急によそよそしくなった。レイアには原因が分からなかった。けれど、明らかに話しかけてくるのが、男子生徒だけになった。後から分かったことなのだが、クラスの女子の一人が告白したけれど、その返事が自分はレイアが好きなのだと言ったそうだ。
それを知らないレイアは、優しくしてくれる男子とよく話す。それを見た女子たちが、気に入らないと言いふらした。この循環がレイアをさらにクラスから浮かせていった。
レイアは商店街を小走りに駆けていた。息苦しさに胸元に握りしめた手を押し付ける。
(どうして、あんなこと)
理由はあって、ないのだろう。ただ、彼女はレイアのことが気に入らないのだ。そうとしか思えない。
(でも、もしかしたら、告白した子って竹田さんだったのでしょうか)
そう思うと彼女がレイアに未だに冷たくする理由も分かる。でも――。
「わっ」「きゃっ」
レイアが立ち止まってうつむいていた場所はちょうどスーパーの前だった。お店から出てきた誰かとぶつかってしまったのだ。
「ごめんね。大丈夫?」
「い、いえ。私が前を見ていなかったので」
顔を上げて、ぶつかった相手を見る。レイアは目を見開いた。
「あれ、君は確か、……レイ、アちゃん?」
「カツサンド先輩……」
そこに立っていたのは、カツサンド先輩こと紘道先輩だった。両手には買い物袋を持っている。少し身を屈めて、レイアの顔を覗き込んでくる。
「どうかしたの?」
「うっ」
泣きそうな顔をしていたレイアは、ぽろぽろと涙をこぼした。
レイアと紘道先輩は、場所を移動して近くの公園にやってきた。
「ちょっと待っていてね」
紘道先輩はレイアをベンチに座らせて、荷物を置いてどこかに行ってしまう。その間に、レイアはハンカチを取り出して目元を拭った。
(まさか、紘道先輩と会うなんて。びっくりしました)
休日のこの日に会うとは思わなかった。商店街で買い物をしているということは、この近くに住んでいるのだろうか。しかし、変なところを見られてしまった。
「お待たせ。はい。ソフトクリーム」
戻ってきた紘道先輩の手には、ソフトクリームが二つ握られていた。真っ白なそれを見てポカンとしてしまうレイア。
「ソフトクリーム、ですか?」
「うん」
そう言ってソフトクリームを押し付けてくる紘道先輩。断る言葉も出てこなくて、レイアは両手で受け取る。紘道先輩は隣に座って、自分の分のソフトクリームを食べ始めた。
「美味しいよ」
そう言われてレイアは一口頂上から食べてみる。濃厚なミルクの味が口に広がった。
「美味しいです」
「よかった」
さっきわらび餅を食べたばかりなのだけどと思いつつ、レイアは紘道先輩の好意に甘えて、無言で食べ進める。
公園に目をやると、子供たちが汗をかきながら走り回っている。着物を着ているレイアが気になるようで、チラチラと目線を送ってきた。
「レイアちゃんは、高校編入組なんだよね。俺もなんだ」
レイアが落ち着いたのを見計らってか、紘道先輩が口を開いた。
「そうなんですか」
それきり、二人は黙ってしまう。
(泣いてしまったことを言われないのはありがたいですが、何か話題を振った方がいいでしょうか)
喫茶店での動揺も、ひんやりしたソフトクリームをなめたせいか、落ち着いてきている。ただソフトクリームを食べきるまで、ずっと無言は正直気まずい。
「先輩はお買い物だったのですか?」
「うん。普通に食材とか」
「そうですか」
「……。」
「……。」
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