3.
商店街の喫茶店は階段を登った所にあり、裾を踏みそうになって少しだけ苦労した。ドアについているベルを鳴らしながら中に入ると、落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。畳はなく、椅子が並んでいるが、内装は扇やちりめん布で作られたウサギなど和風な小物を飾っている。お茶会の相手は先に来ていた。
「こんにちは。青華学園の和道部の方々ですね。私たちは村丘女子高の者です。今日はよろしくお願いします」
代表らしい人が前に出てきて、袖を押さえながら上品にあいさつした。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
こちらも部長が代表して答える。
「それでは、さっそくお茶にしましょうか。学年ごとに座っています。一年生はあちら、二年生はあちら、三年生はこちらですね」
レイアは二年生が座っているという席に、同じ学年の子と二人で行く。四人一組の席で、先に二人座っていた。
「よろしくお願いします」
「よろしくね」
一人は朗らかな笑顔で答えてくれた。しかし、もう一人は黙ってレイアの顔をじっと見ている。水色の着物で、黒髪が艶やかなその子にはよく似合っていた。レイアは自分に何か言いたいことがあるのかなと思って、口を開こうとするレイア。
「ほら二人とも座って」
もう一人の子に、そう言われてとにかく袖に気を付けて彼女の前に座った。そこに店員さんがコーヒーを運んでくる。わらび餅もセットだった。それを見て、レイアは頬を緩ませる。
「わらび餅、私好きです」
「えっと、聞いていいかな? あなたって、日本以外の血も混じっているよね」
よく笑う子が聞いてくる。レイアは笑って答えた。
「はい。おばあちゃんが日本人ですけれど、他のおじいちゃんおばあちゃんは皆、国籍がバラバラなんです。私、おばあちゃん子だったので、日本のお菓子とか大好きなんです」
「そうなんだ。着物よく似合うよ」
「ありがとうございます。だけど、お互い様です!」
一人は黙っているけれど、話しやすそうな子でよかったとレイアは思う。四人とも袖に気を付けながら、コーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れて口をつける。
「村丘女子高にも、和道部のような部活があるのですか?」
「ううん。私たちは部活じゃなくて、希望者だけ習っているの。青華学園は着付けだけじゃなくて、茶道とか華道とかも習うんでしょ」
「そうだね。一年おきにだけれどね」
「去年は何をしていたの?」
村丘女子高の一人とレイアと一緒に座っている子が、楽しそうに会話している。レイアがわらび餅を口に入れて、もぐもぐしているときだった。
「和道部とか、男子受け狙ってんの、レイア?」
ずっと黙っていた水色の着物の子が口を開いた。しかも名乗ってもいない名前を言い当てられ、わらび餅がのどにつかえそうになる。レイアは慌ててコーヒーを流し込んだ。彼女は続ける。
「楽しそうじゃん。青華学園に行った介があったんじゃない? わざわざ近くの村丘女子高を避けてさ」
「避ける?」
確かにレイアの家から一番近い高校は、村丘女子高だ。中学のかなりの割合の女子が、村丘女子高に行っていた。レイアは少し離れているし、学力は少し高いが、がんばって勉強をして青華学園を受験したのだ。
どうしてそれを目の前の女生徒が知っているのか。レイアは彼女をよくよく見てみた。目元の泣きボクロが特徴的だ。
「あ、……竹田さん」
着物で髪をアップにしていたから分からなかったが、ようやく彼女が中学のときの同級生だと気付いた。しかし、彼女とは――。
「竹田さん、友達だったの?」
村丘女子高のもう一人の子が聞く。
「違うよ。この子中学のとき、いじめられていたの」
レイアは表情を硬直させる。他の子たちも驚いたように固まってしまった。
「男にばかり媚びていたから、女子全員から無視されていたの」
「そんなんじゃ……」
レイアの声は微かに震えた。
「そうだったじゃない。だから、女子高を避けて、青華学園に行ったんでしょ?」
「青華学園には、友達がいたから」
「へー、男? 和道部とか入っちゃってさ。男受けよさそうだもんね。何も変わってないね、あんたって。ここに来るまでにもチヤホヤされたんでしょ」
「竹田さん!」
隣の子が大きな声を出して、注目が集まった。なに? どうしたの? という声が、聞こえてきた。
「……私、帰る。どうせ、人数合わせで来ただけだし。着物は後で返せばいいんでしょ」
「そうだけど、謝った方が。あ……」
中学の同級生の彼女は、さっさと立ち上がって喫茶店を出て行った。レイアはどうして彼女があんなことを言いだしたのか分からない。けれど、中学のときのことを思い出すとまぶたが震えるのが止められない。
「レイアちゃん、大丈夫?」
隣の子が背中をさすってくれる。
「あ、あの。空気を悪くしちゃってごめんなさい。私も、先に」
「レイアちゃん!」
レイアは耐えきれずに立ち上がった。そのまま、逃げるように喫茶店から出て行った。
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