2.


 次の日の食堂。レイアは嬉々として、部活の話をする。


「難しかったですけど、なんとかお着物を着せることができましたよ!」


「すごいね、レイアちゃん。お花も生けることが出来るし、私たちの誰よりも大和なでしこだよ」


「そ、そんなことないですよー」


 手放しで褒めてくれる野々花にちょっと照れ臭くなるレイア。


「でも、浴衣なら素早く着せることが出来ると思います! 今年の夏祭りは四人で浴衣を着ましょう!」


「気が早いよ、レイア」


 光が笑いながら言う。気が早くても何でもいい。レイアはこの四人で遊びに行く予定が出来たら、それまでずっとワクワクして過ごしていられる自信がある。


「夏祭りか。まだ先だけど、それまでに紘道先輩を誘えるようになっているといいね」


 夕美は野々花に向けて言う。


「五人で行きますか? 私、さすがに五人分の着付けは難しいかと」


「違うよ、レイア。デートだよ、デート」


 光がニッと笑った。


「デート……」


 レイアは想像してみた。夏祭りの屋台が並ぶ道を、紘道先輩と野々花が並んで歩く。野々花はもちろん浴衣で。恥ずかしそうにしながら二人で歩いて、花火が上がって、それを二人で見上げて……。


「ロマンチックです! 私、協力します!」


 両手に握りこぶしを作って、レイアは宣言した。


「レイアちゃん、もしも誘えて、オッケーしてもらったらの話だから。それに、まだ連絡先を書いた紙も渡していないし。昨日、バイトで少し話したのに」


 野々花はしゅんとしてうつむいてしまう。光が野々花の背中を叩く。


「野々花、大丈夫だって! チャンスなんていくらでもあるから!」


「あ! いま、私と一緒に行って渡してきましょうか? 紘道先輩、そこにいますから」


 レイアは名案を思い付いたとばかりに勢いよく立ち上がった。


「だ、ダメだよ! いま、お友達と一緒だし。私もいきなり何を言えばいいか分からないし」


「そうですか?」


 レイアは野々花に止められ大人しく椅子に座る。レイアにはただ紙を一枚渡すのに、野々花がこんなにも顔を青くしたり赤くしたりするのか分からなかった。


 後で夕美に聞くと、それが恋だと言われた。


(それはそうですけれど。ほとんど思いも通じ合っているじゃないですか)


 やっぱり分からないものは、分からない。



 

 一週間経ち、また和道部の活動日がやってきた。この日も、復習として着付けの練習をする。前回よりも手際が少しよくなった部員たち。それに満足したように緒方先生が言う。


「では、土曜日に他校の生徒とお茶会をしましょう」


 緒方先生は他の学校でも、着付けの指導をしているらしい。そこの生徒と着物を着て、交流会をしようと言うのだ。場所は華ノ街商店街にある喫茶店。放課後、そこを貸し切ってお茶を飲んで、おしゃべりをする。それだけのイベントだ。


 それでも、レイアたち十五名いる和道部の部員たちは色めき立つ。


「着物を着て、学外に出るってことだよね」


「人に見られると思うと緊張するよね」


「髪も綺麗にセットしないと」


 レイアも楽しみだった。


(野々花ちゃんたちに、着物姿を見せることが出来るかもしれません)


 次の日の昼休み、野々花たちに話すと、お茶会が終わった後に集まろうと四人で約束した。




 土曜日の午後二時。レイアが学校に行くと、授業の無い学校は思ったよりも活気があった。運動部が練習しているせいかもしれない。外周りの走り込みか、ファイオーと掛け声がどこからか聞こえてきた。


「レイア」


 校庭の横を歩いていると名前を呼ばれる。振り返ると、金網越しに紺色のジャージ姿の光がサッカーボールを持って立っていた。


「光ちゃん、部活中ですか?」


「うん。レイアは今から着物に着替えて、お茶会でしょ。レイアの着物姿、楽しみにしているから」


 光はニッカリ笑って、サッカーボールを思いっきり蹴った。高く弧を描いたサッカーコートの中にいたサッカー部員が胸で受け止める。


「それじゃ、後でね」


「はい」


 光はレイアに手を上げて、爽やかに去って行った。


 その後、家庭科室の隣の部屋で部員同士互いに着付けをする。レイアはピンクに赤い小花が散った柄の着物に、花と同じ赤い半幅帯を締めた。リボンのような文庫結びだ。いつもは下ろしている髪の毛もお団子にして、うなじをすっきり見せている。先生にきちんとしているかチェックしてもらって、みんなで教室を出た。


「なんだか、ドキドキしますね」


 レイアは隣を歩く女子にはにかみながら言う。教室を出ると、着物姿の大人数で歩くのはやはり目立った。誰もが振り返って見つめている気がする。中でも髪や肌が色素の薄いレイアは目立ち、どこからか男子生徒の声も聞こえてきた。


「あれ、レイアちゃんだろ」「エキゾチックでいいな」


 こういうとき、レイアはただ黙って聞こえないふりをした。以前、レイアから話しかけたら相手が黙ってしまい、レイアも困ってしまうということがあったからだ。


 学外に出ても目立つことは同じだった。


「うつむいてはいけませんよ。背筋を伸ばして」


 緒方先生に言われて、レイアも少し丸まっていた背筋を伸ばす。すると、青い空がいつもより柔らかく見えた。いつもの道なのに着物を着ているというだけで違って見えるから不思議だ。

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