涙とソフトクリーム:レイア
1.
レイアはかじっていた焼きそばパンをうっかり落としそうになった。
「え? 夕美ちゃん、田川くんと付き合っていたの?」
野々花も驚いているようで、目をぱちくりさせながら夕美が言ったことと同じことを繰り返した。
「うん。中二の頃、一か月ぐらいなんだけどね。だから、昨日のは別に告白とかじゃないの」
「夕美の様子がちょっとおかしいと思っていたけど、そうだったんだ」
光は納得した雰囲気だけれど、レイアには夕美の変化なんてさっぱり分からなかった。ハッと思い立ったことがつい口に出る。
「でもそれなら! もしかして、もう一度やり直そうとかいう話だったんじゃないですか!?」
「ううん。昔の話を少ししただけ。ああ、でも友達には戻ったかな」
レイアのテンション高めの声に、夕美は落ち着いた声で返した。
「そうですか」
レイアは何と言っていいか分からず、そうとだけ相槌した。
自分が少しズレていることは知っている。だけど、思い付きでも何でも何かを言わないと、自分だけ置いていかれるような気がする。例え、それがいつも仲良くしてもらっている三人が相手でも。
「まあ、私も何かあったら言うからさ。野々花その後、紘道先輩と何か進展あった?」
珍しく夕美が野々花に恋愛絡みの話を振る。えっとと箸を握り直しながら野々花はお弁当箱を覗き込みながら言う。
「相変わらず、だよ? さっきみたいに食堂で会ったり、ベーカリーヒラノでお話したり」
野々花が会ったり話したりとは言うが、それはすこしすれ違ったり、バイト中に一言二言言葉を交わす程度のことだと三人とも知っている。
「相変わらずか」
「でも、野々花。紘道先輩は先輩だよ」
「どういう意味、夕美ちゃん?」
「高校三年生っていう意味。早くしないと楽しい時間が過ごせる前に、卒業だよ。それに受験もあるだろうし」
「……。」
夕美の意見は厳しいけれど、的を射ていた。
いまはまだ五月で紘道先輩もまだ余裕があるかもしれないけれど、夏休みになれば青華学園の三年生は希望すれば受験用の夏期講習が受けられる。その後は、遊ぶ暇もないぐらい受験まっしぐら。勉強漬けになるだろう。
ほとんどの人が大学受験を選ぶから、紘道先輩もそうだろうとレイアは思った。
「なら! 野々花ちゃんから連絡先を書いた紙を渡すって言うのはどうですか?」
「連絡先を書いた紙?」
「はい! 普通はスマホ同士で交換しますけど、バイト中じゃ難しいですよね。だから、あらかじめIDを書いておいた紙を用意しておくのです。そうしたら後は簡単です。渡すだけです! 最悪無言でも、受け取った紘道先輩も意味は分かります。どうですか⁉」
我ながらいいアイディアだと思うレイア。
「それなら、お客さんが他にいなければ渡せると思う。ありがとう、レイアちゃん!」
野々花はいつにも増して破顔して言う。
「どういたしましてですよ」
レイアは満足して焼きそばパンの続きをかじる。野々花の役に立てそうで嬉しい。レイアは三人に順番を付けるわけじゃないが、野々花が幸せになるのが一番の喜びだった。
この日、部活の活動日だ。レイアは週に一回の活動日を楽しみにしている。
家庭科室の隣に併設されている畳の一室。そこには、女生徒ばかりが集まっていた。一人だけ前方で藤色の着物を着た高齢の女性が立っている。週に一度、外部から指導に来てくれる着付けの先生、緒方先生だ。
「それでは、始めてください」
着物の下着である肌襦袢を着た女生徒一人が立っている。その生徒一人につき、女生徒が二人。これから、着物を二人で着つけていく。レイアが高校一年生のときから所属しているのは和道部だ。
和道部は華道、茶道、着物の着付けを一年ずつ交代で習う。去年は華道だったから、今年は着物の着付けだ。着付けになったのは、今年は男子部員がいなかったから。さすがに、着付けを一緒にすることはできない。
「えーと、では長襦袢を羽織ってください」
レイアはセーラー服姿で、襟のついた長襦袢を手にして言う。長襦袢は着物の下に着るものだ。広げて腕を通してもらう。着せる方も、着る方も、まだ手つきがぎこちない。
「えーと、襟を抜いて着て、左が上ですから、こうですね」
「レイアちゃん、逆、逆!」
自分が着るときと違って、人に着付ける場合は左右が反転する。一緒に着付けをする子と四苦八苦しながら、肌襦袢を着せることが出来た。
しかし、着付けの先生である緒方先生がそばに立って言う。
「襟元が開き過ぎですよ。若い人の場合は、もっとのどが隠れるぐらい詰めてください」
「は、はい」
慌てて直すレイア。襟一つで、てんやわんやだ。和室には冷房があるが、五月ではまだスイッチは入っていない。着付けが終わるころには、レイアは汗をたくさんかいていた。
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