6.


 砂浜にいると波の音が絶えず聞こえてくるように、夕美もあの日のことを忘れることはなかった。


「秘密……。秘密にしていなかったでしょ」


 夕美がそう言うと志郎の肩が微かに揺れた。


「だから」


 夕美の長い髪が風にのって広がる。


「確かに約束、破った俺が悪いと思う。だけどさ! 俺、あのとき中二だったし、付き合ってとは言ったけど、実際どうしていいか分からなかったし、だから友達に相談するのは仕方ないと思う!」


 口を大きく開けて志郎は訴えた。


「違うの」


 なにも別れた理由は志郎が約束を破っていたことだけじゃない。あのとき夕美の心をえぐったのは、それだけではなかった。志郎だけが悪いわけじゃない。志郎の友達だけが悪いわけじゃない。


 ただ、あの出来ことを正面から受け止められるほど夕美は強くなかった。


 夕美は何も言わず、志郎の顔を見つめた。志郎の顔は滲む夕陽のように歪んでいく。もしかしたら、あのとき何を話していたかを思い出しているのかもしれない。そして、志郎は顔を隠すように夕美に背を向けた。


「くそっ、ちくしょー!」


 人目も気にせず海に向かって叫ぶ志郎。夕美には志郎にも突き刺さった棘があるんだと思った。きっと、理由も告げず、志郎に別れようと言ったときに夕美が刺したのだ。


 太陽に向かう志郎の背中を見て思う。もしも、あのとき別れる理由をはっきり伝えていたら違っただろうか。夕美は理由を聞かれたけれど、かたくなに答えようとはしなかった。


「青いな。……私も」


 そう言って、夕美は鼻をすする。志郎と話して、夕美はまだあの出来事を心の底で引きずっていたことに気づいた。全然、大人の高校生なんかじゃない。



 

「ねえ、いまの友達にも私のこと話したの?」


 夕美と志郎は砂浜に制服のまま座っている。不思議とこのまま帰ろうとは思わなかった。


「まあ、簡単にな。また、誰にも言うなっていうのか? ……今は別に付き合ってないからいいだろ」


「うん。志郎だって、友達に相談したいと思う」


 野々花が紘道先輩のことを話すのは、すごく自然なことだ。だから、志郎が夕美のことを話すのだって、止めることなんて出来ない。


「あ。ねえ、もし私に好きな人が出来たら相談していい?」


 ふと思った。それほど気の置ける男友達は夕美にはいない。だけど、志郎ならいいかと思える。きっと、前のことがあるから言いふらしたりはしないだろう。


「……それ、俺に言うか? でも、もしって言うことは、いまはいないのか?」


「うん。まあね」


 やっぱり昔のことがあって、恋愛に消極的だったけれど、志郎にも棘が刺さっていたことを知って、少しだけどかたくなだった心が解けた気がする。


「なあ、連絡先交換しないか」


 志郎が立ち上がって、ポケットからスマホを取り出した。中学二年生のときは持っていなかったスマホ。高校生になった現在は夕美も持っている。いいよと言って、夕美も取り出した。


「……どんなときに連絡していい?」


「志郎が相談したいことがあるときとかかな」


「分かった」


 なんだか志郎らしくない慎重なやりとりに笑えてしまうけれど、もしかしたら三年経って性格も少し変わったのかもしれない。夕美の記憶にあるのは中二の頃の志郎だ。


「そろそろ帰りましょう」


 夕陽が完全に沈む。あの頃とは少し変わった二人は、少し変わった関係でまた始まる。


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