4.


 放課後、ホームルームで配られたプリントを鞄に入れながら、夕美は中庭に行くべきか悩んでいた。志郎とは中学二年生から三年生に進級してから、遠くから見かけることはあっても、話したことなどない。どんな話があるのか、想像できなかった。


(でも……)


 志郎は突然、何の前触れもなく食堂のいつもの席に現れた。ということは、いつも夕美が野々花たちと昼食を取っていることはバレている。あの席で食事をする限り、いつでも志郎は話しかけてくるだろう。


 だったら、他の席に移ればいいというものでもない。三人に適当に理由を付けて、他の席に行こうと言うのは簡単だ。


 でも、そうしたら野々花が紘道先輩とすれ違うことも出来なくなってしまう。パン屋と食堂だけが二人がささやかな交流が出来る場所だ。席を移ればさすがに先輩も追ってくるようなことはしないだろうし、避けられたかと誤解を生むかもしれない。


(仕方ないわね)


 夕美は少しでも二人の邪魔をしないためと、鞄を持って中庭に向かった。


 青華学園の中庭は教室棟と実習棟の間にある。しかし、一言で中庭と言っても芝生が広がり、いくつもの花壇が並び、温室まであるので相当広い。


(まったく、どの辺りにいるかぐらい言いなさいよ。……本当、雑なんだから)


 夕美はとりあえず花壇に沿って歩いていく。花壇には白い小ぶりな花、ノースポールが風にそよいで咲いていた。それを横目に眺めながら、志郎の姿を探す。


「篠原さん」


 後ろから声をかけられた。志郎かと思って振り返ると、知らない男子生徒二人だった。一人は髪の毛を茶色く染めていて、少し不良っぽい。


「……どなたですか」


 少し身を引きつつ、夕美は尋ねた。


「ああ、ごめん。俺たち志郎の友達。志郎、あっちのベンチに座っているから、行ってやってよ」


 一人が親指で奥の道を示す。


「分かりました」


「志郎のことよろしく」「お手柔らかにね」


 そう言って二人は夕美が来た方へと去って行った。


(相変わらず友達多いみたいね)


 夕美は言われた方へと足を向ける。少し歩くと、志郎が一人でベンチに座っていた。スマホを操作している。夕美が近づいても気づかないので、仕方なく声をかける。


「田川くん」


 視線を上げると眩しそうに目を細める志郎。そして、座っていた場所をずらす。


「座れよ、夕美」


 夕美は呼び捨てで呼ばれたことにムッとした。ベンチには座らず、立ったまま口を開く。


「こういうこと、やめてよ。だいたい、あなたに呼び捨てされる理由はないから」


「苗字はやっぱ、調子が狂う」


 志郎はスマホをズボンのポケットに入れた。


「……何か用なの?」


 夕美は早く話を済ませて、この場から立ち去りたかった。


「そう、カリカリするなよ。あのさ」


「なに?」


「その、そのだな」


 呼び出しておいて、志郎は口をもごもごとするばかりだ。


「何もないなら、私帰るわ」


 夕美はスカートの裾を翻して、志郎に背を向けた。


「あの人とはどういう関係なんだ?」


「あの人?」


 夕美は振り返る。志郎の言う、あの人に夕美は心当たりがない。


「昨日、図書室で話していた」


「ああ。紘道先輩のこと? どういうって、うーん、野々花の知り合いの先輩かな」


 こう表現するしかなかった。夕美から見たら一度話したことのあるだけの、ただの顔見知りの先輩とも言える。


「……伊藤の。でも、今日は夕美とアイコンタクトとかして、昨日だって仲良さそうだったじゃないか。珍しく笑顔で」


「誰の笑顔が珍しいって……、え?」


 夕美ははたと気づいた。かなり久しぶりに話した志郎が、なぜ、そんなに細かく知っているのだろうか。夕美が感づいたことが分かったのだろう。志郎は黙って立ち上がる。夕美は思わず足を後ろに引いた。数年ぶりに再会した志郎。以前は同じくらいの伸長だったのに、今は頭一つ分志郎が高い。


「別に何もしないって。送っていくからさ。一緒に帰ろうか」


「なんであんたと」


「まだ話足りないし。ちょっとぐらいいいだろ。一緒に帰らないと言う」


「何を?」


「伊藤たちに俺と夕美が付き合っていたこと。内緒にしているんだろ」


 まっすぐ瞳を見つめてくる志郎。夕美は拳を硬く握った。




 別に志郎と昔付き合っていたこと自体を、野々花たちに知られるのは構わない。ただ、どうして別れたか聞かれると、例え親友三人とはいえ答えたくなかった。


 志郎と付き合った期間は、たった一か月だった。中二のときの文化祭で、文化祭の実行委員を一緒にしたことが付き合い始めたきっかけだ。


 一緒に作業をする中、クラスでもお調子者の志郎から試しに付き合わないかと言われて、夕美はただ頷いた。志郎から好きだと言われていたら断っていただろう。お試しだからと思って頷いたのだ。


 中二の夕美は付き合うということがどういうことか興味があった。中高一貫校で高校生の男女が楽しそうにしているのを見て憧れたというのもある。少し仲のいいクラスメイトという認識だった志郎は、試しに付き合ってみるのには、ちょうどいいと思えたのだ。


 実際に付き合ってみると、志郎と一緒にいるのは楽しかった。一緒に帰ったり、休日待ち合わせて出かけてみたり。冷やかされるのが嫌だったので、夕美は志郎にクラスの子たちには内緒にしていて欲しいと言った。志郎はすぐにいいよと答えた。


 付き合って一か月後。夕美と志郎は夕陽の見える浜辺でキスをした。ほんの一瞬のことだったけれど、夕美にとってはファーストキス。恥ずかしかったけれど、絵に描いたようなロマンチックなシチュエーションで嬉しかった。


 だけど次の日、ある出来事が起きた。

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