2.
この日の放課後。シリーズ物の続きが貸しだされていたけれど、そろそろ返却されているだろうか。そんなことを考えながら、夕美はほぼ毎日通っている図書室にいく。
学校の中でも図書室だけは空気が違う。他の教室は寒色系だった空気の色が、図書室に足を踏み入れるとほんの少し暖色系の色が足された気がする。マンモス校の青華学園だけあって、図書室は広く、蔵書も多い。中学の頃から毎日のように通っているが、全く飽きることがなかった。
まずは借りていた本を返そうと受付カウンターに近づく夕美。
(あ)
そこで、知っている顔を見つけた。
(カツサンド先輩)
ちょうど、噂の先輩がカウンターに本を置いているところだった。どうやら夕美と同じく本を返却する所のよう。食堂以外で顔を見るのは初めてだ。
(野々花が運動部にいるんじゃないかって思ったの納得かも)
先輩は大きなスポーツバッグを持っている。新品ではなく年季が入っていて、所々傷や汚れが目立った。今も部活で使っているようにすら見える。
先輩は本を返すと、こちらに向かって来た。そこで夕美と目が合う。立ち止まり、少しの間考えている様子だったが、すぐにああと思い出したような顔をした。
「こんにちは」
「……こんにちは」
野々花のいない、それも二人だけで会うのは想定外だ。ほんの少し声が緊張しているのが自分でも分かる。
「今日はいつもの所でお昼食べていなかったね」
カツサンド先輩が少し近づいて尋ねてきた。この日は、いつもの席に野々花がいなかったから気になっていたのだろう。
「今日は席が空いていなかったみたいです。私は午前の授業が押して遅れて行ったので、よく知りませんけれど」
「そうだったんだ。よかった。みんな、病気とかじゃなくて」
朗らかに笑うカツサンド先輩。いつもは野々花とアイコンタクトをしているのを、見ているだけの夕美だったが、なかなか感じのいい話しやすそうな人だと思った。
けれど、たったこれだけで人となりを判断するのは早計だ。
「あの、どうして野々花の名前を知っていたんですか? 食堂で初めて話しかけてきたとき、野々花のこと名前で呼んでいましたよね」
夕美は少し探るような目で、先輩を見つめた。野々花はポヤポヤしていて、気づいていないかもしれない。野々花のバイト先のパン屋に通いつめたり、会話した次の日に都合よく食堂で話しかけきたりするなんて、カツサンド先輩はストーカー案件にちょっと足を踏み込んでいる。
最初は野々花がはしゃぐ様子を微笑ましく見ていた夕美も、カツサンド先輩が実際に近づいてくるなら慎重になる。野々花は大事な親友の一人だ。
先に話しかけたのが野々花だから、いままで黙っていたけれど――。
「えーと……。君たち有名なんだよ」
「……はい?」
カツサンド先輩は自分の頬をかきながら、少し目線を上げて言う。
「レイカちゃん、だっけ? あの子が高校から編入したときから可愛いって、すごく噂になっていただろう。野々花ちゃんたち、クラスも違うのにいつも仲良しで、食堂で四人とも注目の的だったよ。俺の友達も、レイカちゃんのこと可愛いって騒いでいてさ。君たち四人は結構有名。それで、名前も知っていたんだ」
「そうでしたか」
確かに高校一年生の最初の頃は何かと注目を集めていたレイア。
今は少しずれたキャラクターも周知されているが、最初は緊張してクラスメイトとも話せず、ミステリアスな美少女と言われていた。夕美たちとは中学から知っている仲だったから、よく話していたけれど。
「ですが」
夕美が探っていることを分かっているようで、笑顔ではあるが先輩の顔は少しだけこわばっている。夕美の方がふっと表情を緩めた。
「レイカじゃなくて、レイアですよ」
「えっ、あ、そうだった?」
「ちなみに私は誰でしょう」
少し顔を近づけて難しい問題を出してみる。案の定、先輩は困ったような表情をするだけで答えを言わない。
「ちゃんと覚えているのは、野々花だけでしたね。カツサンド先輩」
「カ、カツサンド先輩……」
「それでは、私はここで」
夕美はぺこりと頭を軽く下げて、奥にある図書室のカウンターに向かった。後ろでカツサンド先輩かぁと言っているのが聞こえる。夕美の口からはつい、笑いがもれた。
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