3.
三人に宣言したものの、やっぱり別な所で接点がないかなと、カツサンドの彼を学校で探す。だけど、青華学園は中高一貫のマンモス校だ。一学年だけでも、三百人はいる。野々花は中等部の頃から通っているけれど、高等部から入学してくる高校編入組もいた。
やっぱりいないなと思っている内に放課後がやってくる。だけど、前の日のように教室を飛び出して、ベーカリーヒラノに駆けこむことはしなかった。いつも歩いているスピードで歩いていく。
ベーカリーヒラノの前に着くと、ほんの少しだけ立ち止まって深呼吸をする。
(緊張するなんて初めてバイトの面接に来た時以来かも。でもチャンスがあれば、がんばって彼に話しかける!)
そう決意して野々花はドアを開ける、
「こんにちは!」
ところが、予想外の事が起きた。
「……こんにちは」
目の前にカツサンドの彼がいたのだ。目と目がばっちり合った。
「あ、あの……」
ドアノブを手にしたまま、口をアワアワさせる野々花。
「それじゃ」
彼はそのままドアから出て行った。きっとパンを買っていったのだろう。野々花はありがとうございましたと言って、頭を下げる。
(私、会話しちゃった?)
会話というより挨拶を交わしたと言った方が良いだろう。それでも、接客以外での初めての言葉のキャッチボールだ。彼は近くに止めている自転車を押して、駅とは反対側に消えて行った。
「野々花ちゃん」
ぽーっとしていた野々花は頼子の声で気づいて店の中に入った。
店の中に入ると、お客さんは誰もいなかった。もし、野々花がこの日も急いで店に来ていたら、彼と少しは話ができたかもしれない。ちょっとしたチャンスを逃したことに、自分のタイミングの悪さを呪う野々花。
「ねぇ、野々花ちゃん。今のお客さんとお友達?」
頼子が腕組みをして野々花に尋ねてきた。野々花は首を横に振る。
「いえ、ここでアルバイトさせてもらっている時に見かけるだけです」
「そう。彼いつも来るわよね。それもカツサンドを買っていく」
「あ。やっぱり頼子さんも気づいていました?」
野々花は観察仲間が見つかったようで、つい声が弾む。
「だけど最近、買いにくる時間が早いのよね。今日だって野々花ちゃんが来る前に来ちゃうし。前はもっと遅い時間に来ていたじゃない? 何かあったのかしら」
そう言えばと、野々花は思う。
ホームルームが終わってすぐにバイトに駆け込むようになったのは、ちょうど二年生になったころ。最近のことだ。カツサンドの彼はホームルームが終わるとすぐにパンを買いに来ていることになる。もしかして彼に何か不都合なことがあったからこんな早くに買い物に来ているのでは。
光たち三人とは違う大人の意見に、野々花の心は騒めいた。
「野々花ちゃん、どうかしましたか」
「え、あ! ううん。どうもしないよ!」
すぐ近くにレイアの顔があって、野々花は慌てて箸を動かす。お弁当を広げたまま、ぼーっと昨日のことを考えていたのだ。
「野々花に暗い顔は似合わない。思っていることを話しなさいよ」
「どうせ、カツサンドの彼のことでしょう」
光と夕美の視線も野々花の顔に集まる。観念したように野々花は頷いた。
「それがね」
野々花は前日に頼子さんに聞かされたことを話す。
「それを聞いて。私、なんだか心配になっちゃって」
「野々花ちゃんも心配性ですね。でもレイア、すごいことに気が付きました。もしかしたら、その彼! 野々花ちゃんに会いに来ているんじゃないですか⁉ 野々花ちゃん、平日の放課後はほとんど毎日バイトを入れているじゃないですか。青華学園の制服を着ていますし、そのことカツサンドの彼も分かっているはずですよぉ」
レイアがうっとりと言うことに、野々花は頬を染める。だけど、すぐに思い直した。
「違うよ。そんな雰囲気じゃないし、昨日会った時も素っ気なかったし。それに私に会いに来るなら逆じゃない? 早い時間じゃなくて遅くこないと私には会えないよ」
だから、野々花は走ってまでベーカリーヒラノに駆けこんでいたのだ。もしかしたら会わないようにするために早い時間に買いにくるのではと、野々花は表情を暗くする。
「前は何時ぐらいに来ていたの?」
野々花の表情を察したのか、光がハンバーグを箸で割りながら聞いてきた。
「うーん、その日によってまちまちだったけれど、六時から七時ぐらいに来ていた気がするよ。今は必ず五時前には来ているけど」
「その彼は部活をしているんでしょ。運動部だったら帰るのは六時過ぎたぐらい。だから前は部活していたけど今はしていないとか?」
サッカー部のマネージャーをしている光ならではの意見だった。
「え。なんで」
「怪我をして部活に出られないとか」
「怪我……。元気そうだけど。でも、そういえば昨日自転車に乗らずに押していた!」
野々花は両手を合わせて目を見開いた。もうそうだとしか思えない。
「でもさ」
夕美が髪をかき上げながら、うどんをすくっていた箸を止めた。
「部活に出られないほどの怪我だったら、パン屋さんには行けないし、野々花も見たらわかるんじゃない?」
「う。でも、服で隠れた場所に怪我しているかもしれないし」
「自転車を押していたのだって、商店街の中だと危ないから押していたんじゃないの」
確かに人の行きかう中で自転車に乗るのは危ないから、押して通行してくださいとの看板もある。
「言われてみたら……」
「それによく考えたらスポーツバッグを持っているからって、運動部の部活をしているとは限らないよね」
夕美の言うことは、これまでの野々花の推理をことごとくひっくり返していく。勝手に運動部に入っていると思っていたけれど、そうとは限らないのだ。
「夕美ちゃんの言う通りだよ。はぁ、でも怪我じゃなくてよかった」
「私、分かりました!」
はい、はい、はーいと元気に手を挙げるレイア。
「レイアちゃん、本当に?」
「はい。もちろんです」
レイアは鼻高々に言う。
「ずばり! 野々花ちゃんはカツサンドの彼に恋をしています! 元気に買い物に来る人の事を心配したり、自転車を押していく彼をいつまでも見ていたり、怪我をしていないと分かったら安心したり。本人に自覚無くてもこれは間違いありません」
「そ、それは……」
予想外のレイアの推理に野々花は顔を真っ赤にさせる。レイアはどうしてもこの結論に行きつきたいようだ。
「まぁ、そうよね。野々花がここまで男子に興味持つなんて初めてだし」
光の言うことにさらに野々花の顔は赤くなった。
「わざわざ言わなくても本人見ていたら分かるでしょ。認めたら?」
夕美がうどんの汁を一滴残らず飲んで断言する。
「あうぅぅぅ」
野々花は手で顔を覆ってテーブルに突っ伏した。
「まぁ。がんばって本人に聞くのが一番」
「お話するですよ、野々花ちゃん」
「今日は走って行かないとね」
結局、本人に直接聞くのが一番という結論になってしまった。
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