2.


 次の日の昼休み。


「それでね、それでね。そのお客さん、なんの部活をしていると思う? あれだけ毎日カツサンドを買うんだもん。何か願掛けしているんじゃないかって思うんだよね。ほら、試合に勝つカツサンドって」


 野々花は学生たちで賑わう学食で弁当箱を広げていた。四人掛けの丸テーブルの席で、目の前には三人の友人たち。三人ともクラスこそ違うが、中学から仲が良く高校になってもお昼は他の子とは食べずに四人で集まっている。


「そんなの分かるわけがないじゃない」


 そう言ってから揚げ定食の大きなから揚げにかぶりつくのは、ショートヘアのひかりだ。ちょっと目じりが上がっていて、手足が長い女の子。いつもセーラー服の上からジャージの上着を着ている。


「光ちゃん、サッカー部のマネージャーでしょ。心当たりないの?」


「情報が少なすぎだから」


「うーん、そっか」


 野々花は密かに光が知っていないか期待していた分、肩を落した。


「野々花、その人の髪の毛はどう? 丸刈り?」


 そう聞いてきたのはストレートヘアで眼鏡をかけた夕美ゆみ。彼女も野々花と同じで弁当を食べている。


「髪の毛は普通の髪型だけど。丸刈りだと何かあるの?」


「野球部は全員丸刈りにしているでしょ。だから、その人は少なくとも野球部じゃない。ラケットとか道具を持っていたらすぐに分かるのにね」


 夕美はミニトマトのヘタを手に持って、そのまま口に運ぶ。


「そっか。やっぱり夕美ちゃん頭いい」


「これぐらい。簡単じゃない」


 野々花は卵焼きを半分に割って、フォークで刺す。


「でも、この学校、野球部以外にも運動部たくさんあるよね。探し出せるかな」


「探さなくてもパン屋さんにやって来るじゃないですか?」


 微妙なイントネーションでしゃべる、長い髪の毛をウェーブさせた子はレイア。おばあちゃんが日本人で他の祖父母は三か国別々の国の出身というミックス。いつも少しだけおかしい敬語を使って話す。


「それもそうなんだけど、私バイト中だからお話出来るわけじゃないし」


「お話!?」「話したいの?」「トーキング!?」


 三人がいっせいに野々花の顔を注目した。見つめられた野々花はフォークに指している卵焼きをゆっくり左右に揺らす。


「そ、そんなに驚くことかな。どうしていつもカツサンドを買っていくのとか気にならない?」


「それは気になるけれど」


 視線を弁当箱に戻した夕美は、箸で鮭を切り分けた。分かっていない野々花にはぁと光がため息をつく。


「野々花が男子の話をした時点で気づくべきだったか」


「初ロマンスですよー」


 ハートがいくつも付いていそうな声で身をよじるレイア。


「ええっ、ロマンス!? そんなんじゃないよ!」


 野々花は思わず立ち上がって声を上げる。途端に周りの席からの注目が集まった。


「はいはい。恥ずかしいから座って座って」


「本当にそんなんじゃないから」


 光に言われて野々花も顔を赤くして椅子に座り直す。


「聞いてみたら? いつも来るけど、何の部活ですかって。お店の中に他のお客さんがいなければ聞けるんじゃない?」


 マイペースにお弁当を食べている夕美が言う。


「出来るかな……」


 野々花には正直自信がない。男子とは話はするものの、積極的に話に行ったことなんてなかった。


「野々花なら出来るって」


 光が野々花の肩に手を乗せる。それでも、野々花はうつむいたままだ。


「光ちゃんはサッカー部のマネージャーで彼氏もいるからそう簡単に言うけど」


 光は野々花と違って誰とでも気安くしゃべる。


「もしもの時は任せてください。レイアがパン屋さんに行って、そのカツサンドの彼とやらをお引き留めします」


「え。それはやめて」


 野々花は勢いよく首を横に振った。


「なんでですかぁー」


 単純にレイアは可愛い。その上、いろんな国の血が混じっているからミステリアスな雰囲気もある。そんな彼女から話しかけられたら、普通の男子なら普通の顔立ちの野々花となんて話してくれなくなるに違いない。野々花は可愛いレイアが好きだけど、この時ばかりはバイト先に来て欲しくなかった。


「私、がんばって話しかけてみる」


 野々花は力強く宣言した。


「がんばってください」「がんばれー」「骨は拾ってあげる」


 三人は野々花にささやかにエールを送った。

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