四章12 『もう一つの聖霊』
「で、思念が合わさりし存在ってのはなんだ?」
「それは部屋で話す」
そう言ってアイスは立ち止まり、左手の自動ドアの方を見やった。
「ここがお前の部屋か?」
「そう」
こくんと一回刻むようなうなずきを見せてから、リーダーにきんちゃく袋をかざした。
「なあ、中にカードが入ってるのか?」
「見てわかるはず」
自動ドアが開いた先、そこはさっき俺がいた牢獄そっくりのシンプルな室内があった。
唯一違うところと言えば、本棚が一つあるぐらいだ。
部屋に入った俺は、室内をぐるっと見やりながら言った。
「質素な部屋だな」
「でも、ものが一つ増えた。最近」
「もの?」
「あれ」
アイスがゆっくり手を持ち上げて指差したのは……。
「本棚?」
「そう」
「へえ。電子書籍もあるのに、今時珍しいな。まあ、人のことは言えないけど……」
「デンシショセキ?」
そのイントネーションから俺はもしやと思い、訊いた。
「まさか、電子書籍を知らないのか?」
「うん」
俺はちょっとばかし驚かせられた。
今時“紙”を使っている者は少なく、その人達にしたって好みで選んでいるだけだ。電子書籍の存在を知らないということは、まずない。
「デンシショセキって、なに?」
「まったく、アイス嬢は相変わらず世間に疎い。それぐらい、我ですら知っておるぞ」
ふいにどこかから第三者の声が聞こえてきた。
どことなくもったいぶった言い回しの声が聞こえてくる。
はっと声のした方を見やると、二本の角(・)を生やした着物姿の女性がいた。
「電子書籍というのは“ぱそこん”や“すたほ”で読める書物……、いわゆる“でーた”のことであろう」
「……お前、聖霊だな?」
「いかにも。我は酒吞童子(しゅてんどうじ)である」
女性は自身の頭についている白銀の角――鈍く輝く刃のごとき鋭さを見せつけている――を指し、にやりと笑った。
「この角こそが、その証」
「鬼、か。伝説とかお伽(とぎ)の国にしか存在しないと思ってたがな」
「その特徴を持つのが、もう一つの聖霊」
アイスは酒吞童子を見やって言う。
「人間の想像から生み出された思念の集合体的存在。それもまた、わたし達は聖霊と呼んでいる」
「ふうん? 俺には全然別の存在みたいに思えるけど。それこそ、アンドロイドとサイボーグぐらいの違いはありそうじゃないか」
「所詮(しょせん)その二つは軍が管理するものだから。人は何にでもすぐ細かな違いをみつけて、各々(おのおの)に名前をつけたがる」
「アイスはそうやって似ているものを呼び分けるのは嫌いなのか?」
「場合によっては」
その“場合”のバリエーションは気になったが、どうも理解に時間がかかりそうな気がしたから今回はよしておくことにした。
今はそれよりも、目の前の聖霊に興味を引かれていた。
「どうして聖霊が俺の目に見えてるんだ? 霊感みたいなものがあるヤツじゃないと見えないんだろう?」
「我は聖力を多く有しているからな。その気になれば資格なき者の目にも映ることができる」
「それだけ聞くと、人間が死んでなった聖霊よりもよっぽど幽霊みたいに思えるけどな」
「まあ、怪談のいくつかはそういった経緯によって生まれたらしいからな。我等聖霊も悪戯(いたずら)好きな者が多いゆえ、そのせいもあるがな」
頬杖を突いてため息を吐く酒吞童子。
「あまり現状を歓迎してないみたいだな」
「我は誇り高き鬼ぞ? 雑魚っぱ共と同じ扱いを受けるのはどうも気に食わん」
「でも人間の想像から生まれたんだろう? 幽霊と変わりなくないか?」
「生まれは関係ない。語られた印象に合った自分でありたいと思うのだ」
部屋の奥に行ったアイスが壁につけられた折り畳み式の両開きの戸を開けた。
そこはウォーキングクローゼットのようで、中には意外なことに服がパンクしそうなぐらいに吊り下げられていた。
「お洒落とか好きなのか?」
「みんながくれるから」
「なるほど」
確かにメイオウは名前の割にはフレンドリーな組織という印象だった。
「最近な、こやつは毎晩のように色んな服を着て姿見の前に立って、自身の姿を何時間も飽きずに眺めておるのだ」
「……しゅてん」
珍しく鋭い目つきになって、酒吞童子睨みつけるアイス。
「そんな般若(はんにゃ)のような顔になるでない。もうそやつとは接吻を交わした仲であろう」
「っ……み、見て……」
顔を真っ赤にして絶句するアイス。
そんな彼女を酒吞童子は鼻を鳴らして笑う。
「めんこかったぞ」
「……バカ」
アイスはそっぽを向き、唇を尖らせた。
初めて見たその姿は、いじらしくて酒吞童子の言うようにすごく可愛かった。
「ところで、クローゼットなんか開けてどうしたんだよ。着替えるのか?」
デモンストレーションとか言ってたし、正装でもするのだろうか。
「……そう、着替える」
がさごそと服を漁っていたアイスは目的のものを見つけたのか、ハンガーに手をかけて二着(・・)を手に取ってこちらに向けてきた。
俺は思わず目を見開いた。
「それは……」
全身を覆う、零四という至極滑らかな素材を使った服だ。
光影の装束――それを着る目的というのは、一つしかない。
アイスは視線を真っ直ぐに俺に向けて言った。
「ソアラ――わたしと一緒に、戦って」
「戦うって……?」
「デモンストレーション――そこでわたしはあなたを、新しいメイオウの仲間として迎えるつもり。そこで実力をみんなに示してほしい」
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