四章13 『誤算があるゆえにドジっ子が生まれる』
サッカー・グラウンドみたいなだだっ広い場所の中心に、俺とアイスはいた。取り囲むようにある円形状――コロッセオみたいだ――の客席みたいな場所に詰め込まれたのかってぐらい大勢の人間が座っていた。千人は軽く越えていそうな気がする。
プールといい、このグラウンドみたいな場所といい、メイオウって組織は何を考えて作ってるんだろうか。レジャー施設でも始めた方がいい気がする。きっと上手くいくだろう。
まだ心のどこかでアイスが巨大な一組織の長(おさ)だなんて信じきれていなかったが、実際にこの場に立ってようやくそれが真実だと思い知った。
「リーダーッ! リーダーッ!!」
「うぉおおおおおっ、一生ついていくぜッ!!」
「キャーッ、チョー可愛い! こっちむいてぇええッ!!」
……いや、長というよりはアイドル的な慕われ方だ。
今度は聖霊を守るとか、そういう崇高(すうこう)な目的を持っている組織だって信じられなくなってきた。
「……みんな、落ち着いて」
ちょっと困り気味にアイスが言うが、その様に彼女の部下もとい観衆はより一層の興奮を露(あら)わにするのだった。
「すごいなお前。ここで一曲歌えば、ライブ会場になるぞ」
「しない」
即答された。取り付く島もないって感じだった。
「ねえねえ、隣の子も可愛くない?」
「あ、わたしも思ってたー」
「あの子ってなんだろう、リーダーの彼女かな?」
「そ、それは……うっ、考えたら鼻血出てきそう」
なんか俺までアイス同様の興味の抱かれ方をしていた。しかもアイスの恋人という位置づけらしい。……なんか恥ずかしくて、くすぐったい気持ちになる。
「……一曲歌う?」
「いや、やめておく……」
人を呪わば穴二つ。その言葉の意味を身をもって知った。
アイスはちらと隅に立っていたボルトを見やった。
目でサインを受けた彼はウォッホンと大砲でもぶっ放したのかってほどドデカイ咳払いの音を響かせた。途端にホール内が水を打ったように静まり返る。
アイスは軽く声帯マイク――喉に直接付けるタイプのマイクだ――を一度軽く押さえてから話し始めた。
「報告があって呼び出した。大事なことだから、ちゃんと聞いてほしい」
長として話す時もアイスの様子はいつもとまるで変わりなかった。
そこには威厳(いげん)や貫禄(かんろく)、風格といったものは露(つゆ)ほどもなく、リーダーシップなんて微塵(みじん)も感じない。しかし緊張しているわけでもなく、彼女としての自然体を保(たも)っていた。
きっとその泰然とした態度が――いついかなる時も変わらぬ様が、アイスがみんなに愛され慕(した)われている理由なのだろう。
アイスは俺を指し示して続けた。
「今日からこの子――ソアラがメイオウの仲間に加わることになった」
なんだか転校生として紹介されているような、妙な気分になった。もっとも今いる場所は教室なんか比べ物にならないぐらい広くて、俺を見ている人数もバカにならないぐらい多いのだが。
観衆達はおおむね歓迎してくれるような歓声を上げていたが、何人かはこちらを窺(うかが)うような視線を向けてきていた。
おそらく『ソアラ』という名前が引っかかるのだろう。
学園エリアのルーラーであるエンジュが保護している子供と同名じゃないかと。
しかし実際目の当たりにしているのは、体格がまるで違う女の子である。苗字さえ言わなければまさか同一人物だとは思わないだろうし、事情を話したところですぐには信じないだろう。それぐらい俺の置かれている状況は特殊だった。
加えてもう一つ、彼等の興味を引くものがあった。
俺とアイスの着ている、光影の装束。
二人そろってそれを身に纏(まと)っている――となれば、意味することは一つしかない。
アイスは抑揚のない声で観衆に語りかける。
「ソアラにはこれから、わたしの身機として作戦に参加してもらう」
途端、「おおっ!」というどよめきが一斉に上がった。おそらく薄々勘づいてはいたのだろうが、口に出されるとやはり改めて驚きが生じるのだろう。
俺は零四(れいよん)に覆(おお)われた腕を、同じく装束に包まれた手で撫でた。まるで氷上を擦っているかのような滑り具合だ。ぴっちり肌に張り付いているため摩擦はほとんどない。熱も発しない。
さっきから心臓がやかましく耳元で鳴っていた。アイスが今も何か観衆に伝えているようだったが、少しも俺の耳には入ってこなかった。
メイオウに入る。
そう決心したのは、なんてことはない理由だ。
「なあ、そのメイオウってのに入ったら、抜けることはできるのか?」
「できる」
意外にもあっさりとした答えに俺は少し拍子抜けした。
しかし彼女は「でも」と続けた。
「組織の監視はあるし、不利益になることをしたら即刻束縛させてもらう」
まあ、そりゃそうだろう。組織の内部情報が外に漏れたりしたらマズイことになる。
「……なあ、アイスは俺をメイオウに入れて何をさせたいんだ?」
「さっきも言った。わたしの身機になってほしい」
「今のところ、お前がメイオウの長として戦う計画とかあるのか?」
「ない」
組織のトップが参戦するなんて、よっぽどのことがない限り――大一番や、組織の存亡がかかっていなければ――あり得ないだろう。
当分は何もしなくてよさそうだし、いざとなったら抜ければいい。
だから俺は。
「わかった、メイオウに入るよ」
と割に軽々しく返答することができた。
その時はまさか、入団試験の代わりとなるデモンストレーションで、しかもこんな大勢の前で戦うことになるなんて、夢にも思っていなかったのだが……。
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