四章8 『水着:ありのままの自分を見てほしいから生まれた?』
「うわっ、すっごいな……」
思わず声に出してしまった。
まるで『おすすめアミューズメント施設』として大手サイトに紹介されそうなぐら様々な種類のプールがあった。当然、空間もすごく広い。
「おお、よーやく来たか。のんびりしとんなあ」
ジャグジーでのんびりしていためぐるがそこから上がってこちらにやってくる。
「……お前さ、主任とかやってるぐらいなら、ここに所属して長いんだろ?」
「まあな。大体……五、六年ぐらいやったかな?」
「だったらプールの前の更衣室使えよ」
「あのくっさい作業着とっとと脱ぎたかったんや。しゃーないやろ」
「……そうかい」
コイツと俺の常識は違うんだろうな……。諦めの境地(きょうち)に俺は至った。
「それよか、泳ごう。時間はそんなにあらへんのやろ?」
「……どういうことだ?」
「デモンストレーション。わたしとソアラが出るから」
「ああ、そうだったっけ……」
「ふふふ。ソアラは泳ぐより、僕達の水着姿を見ている方が楽しいんじゃないかい?」
そう言ってラムが俺の目の前にぴょんと足取り軽く出てくる。
ハイネックビキニにミニスカート風のボトムス。……水着なのだから下を穿(は)いているだろうことはわかっているのだが、それでも素肌が露わになっている状態でそれはこう、なんか色々と想像してしまって心臓に悪い。
視線の集中に気付いたラムがくすくすと笑って、挑発的にそのスカート部分を手にめくり――かけて、やっぱりめくらない、というのを繰り返してきた。
「気になる? 気になるよねえ?」
「……くっ、ひ、卑怯だぞ!? 人の純情を弄(もてあそ)びやがって」
「ソアラ」
顔を挟まれ、強引に横を向かされる。冷たい手が、火照った頬に心地いい。
「わたしはどう?」
アイスの格好――それは丈の短い、ワンピース風の水着だった。
胸がほぼ真っ平で、露出が少ない。妙に昂(たかぶ)っていた気持ちがふっと落ち着いた。
「ああ、可愛いぞ」
本心からの言葉を添(そ)えて、彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「……そっか」
ぽっと頬を染めて微かに笑むアイス。
「つまらんなあ。もっと攻めたモンを選べばよかったやんか」
「まあ、仕方ないさ。アイスくんの好みに合ったのがアレだったんだから」
「そないなこと言って、ホンマは安心してるんとちゃう?」
「……な、なんのことかな?」
「ウチの目はごまかされへんで。自分、ソアラのこと……ごにょごにょ」
「は、ハハ。まさか……」
「目ぇ、逸らすなや。白状しとるんと同じやで、ソレ」
「は、はは」
俺がアイスと和(なご)やかな時間を過ごしている間に、なぜかめぐるがラムのことをからかっていた。一体、なんの話をしているのだろう?
「ソアラ、どこ行く?」
アイスが俺の手を取り訊いてくる。
「一緒に行くことはもう決定事項なのな」
「イヤ?」
「いいや、別に」
俺はかぶりを振って手を握り返した。
「……ん」
「どうした?」
「別に」
そっぽを向くアイス。髪の合間から見える耳が仄(ほの)かに赤くなっていた。水着姿を見られるのはさすがに少し恥ずかしいのだろう。
さて、選択権を委(ゆだ)ねられたわけだが。
種類が多すぎてどれか一つを選ぶのはいささか困難を極めた。もともと俺は思い切りのいい性格ではないのだ。
「アイスはどこか行きたい場所とかあるか?」
「……わたしが選んでいいの?」
「そうしてくれると助かる」
彼女は少し考えた後、斜め上を指差した。
人差し指の先を辿ってみると……。
「ウォータースライダーか。っていうか、本当すごいものまで作ったな……」
「前はなかった」
「最近できたと?」
「わたしが頼んだ」
「……潤沢な資金を持った組織なんだな」
「身機がいれば楽にできるから。工事」
「世界一どうでもいい使い方してるな……」
軽く頭痛がしてきた。
「ウォータースライダーに行かれるのでしたら、こちらをどうぞ」
「うぉっ、ぼっ、ボルト!?」
いつの間にやら背後にボルトのヤツが立っていた。
「なんでお前がここに……?」
「安心なさい。ワシはなにも皆様の邪魔をしに来たわけではありませんからのう」
ヤツはなぜか緑色の軍服をピシッと来ていた。確かにプール泳ぐような格好ではない。
「……その手に持ってるのは?」
「そうそう。こちらを届けに来たのです」
ヤツの手には8の字型をした二人用のフロート――浮き輪があった。
「どうぞ、お受け取りください」
「ん」
アイスがうなずいて受け取る。
「なあ、ボルト。ウチ等の分は?」
「む、申し訳ありませんな。ビート板や一人用の浮き輪でしたら、すぐに用意できますが」
「しゃーない。ウチは一人で50メートルプール泳いどるわ」
「じゃあ、僕と競争しないかい?」
「ええんか、ソアラ達と一緒に行かんでも?」
「な、なんでそんなこと訊くんだい?」
……気付かない振りをしているが、すでにまあ、わかってる。
ただ、でも……。
「行こう」
アイスが強く手を引いてくる。早くこの場から離れようとするかのように。
心中にある二つの思い――それを俺は選びかねていた。ただ、もう繋いだ手を放せるような覚悟はなく。
俺は赤面しているラムを尻目に手を引かれるまま、アイスに合わせて歩を進めた。
背中に二本の視線を感じる――それは心に刺さってきた。
もしもこの痛みに名前を付けるなら『一度の過ち』だろうか。俺にはそれしか思いつかなかった。この視線の主なら、また違った案を持っているかもしれない。でも今は訊く気が起きない。というか、できるはずがなかった。
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