四章7 『鏡の中の俺』

 フリルのついた水着を持って更衣室に入った俺は、ふと気付いてラムに訊いた。

「なあ、あのタオルは?」

「あのって?」

「ほら、体に巻きつける……、テルテル坊主みたいになるようなヤツ」

「ああ、ラップタオルか」

「そう、それ」


「別にいらんやろ」

 言うなりめぐるが、バッと作業着を脱ぎ捨てた。

「なっ……!?」

 俺は慌てて目を隠したもののすでに時遅く。意図(いと)せず指の隙間から覗く形に……。


 めぐるはスタイルがよくグラマーで、出るところは出てて、その……。

「なに恥ずかしがっとるんや。女の子同士やろうが」

「さ、さっきアイスが言ってただろ!? 俺は元々男なんだって……!!」

「そんなの関係ないだろ?」

「ぅひゃっ!?」

 両胸に強い圧迫感。見やると背後から伸びてきた手で揉まれていた。

 振り返ると真後ろにニコニコと笑ったラムがいた。

「やっぱり小ぶりでも、膨らみがあるんだね」

「なっ、何してるんだよ!?」

「あはは、ごめんごめん。緊張をほぐして上げようと思ったんだけど、少しやりすぎちゃったかな?」

 胸から手を離された後もしばらく心臓がバクバクと鳴っていた。


「も、もう……」

「ハハハ。そない恥ずかしそうに顔真っ赤にし採ったら、ホンマ女の子に見えるで」

「誰のせいだよ!? 誰の!!」

「ウチはただ普通に着替えようとしただけやで」

「僕は緊張をほぐして上げようと思っただけだよ」

「いや、どう考えてもお前が一番悪いだろ!?」

 俺がツッコミを入れるとラムはペロッと舌を出した。

「ほな、ウチはもう行くで」

 水着姿――胸の谷間がよく見える大胆なデザインの三角ビキニだった――のまま廊下に出て行こうとするめぐる。


「ちょっっと待てよ!?」

「なんや。おっぱい見たかったんか?」

「じゃなくてっ! そ、その恰好で外出ていったらマズイだろ!?」

 めぐるは腰に手を当て、わざわざデカい胸を突き出してきて訊いてきた。

「どこかおかしいところあるか? ん?」

「……お前に羞恥心とかないのか?」


「めぐる」

 アイスが割って入ってくる。

 よかった、彼女が注意してくれればきっと……と期待したが。

「背中の紐、ちゃんと結べてない」

 と言って彼女の背に回り、結び直してやっていた。

「おお、おおきになリーダーさん」

「部下のお世話をするのは、リーダーとして当然」

「これでOKやろ、自分?」

「……そうだな。いいんじゃないか」

 もうどうでもいいやと匙(さじ)をぶん投げた。

「自分等もはよ来(き)いや」

 そう言って彼女は出ていった。


「……なあ、アイス」

「ん?」

「プールの前には更衣室ってないのか?」

「ある」

 思わずがっくりと肩を落とした。

「……俺、そっちで着替えるよ」

「ソアラがそうするなら、わたしもそうする」

「僕も同じく」

 邪気なき笑みを浮かべているラム。

「……お前、最初からそのつもりだっただろ?」

「ん、なんでだい?」

「入り口のすぐ近くで突っ立ってるからだよ」

「あはは、まさか」

 コイツの思惑を読むに、羞恥心の薄いアイスとめぐるに合わせて俺が着替え、廊下を水着姿で歩く姿を自分は服を着たまま高みの見物をする気だった……といったところだろうか。

「……本当に腹黒いヤツだな、お前」

「ハハハ、何を言ってるんだい?」

 いっぺん解剖でもしてみたい気分になった。


   ●


 途中でラップタオルを調達し、プール前の更衣室に向かう。

 そこで俺はタオルに身を隠しつつ、水着を纏った。

 胸が水着の布に触れた瞬間、胸が一際熱い血潮を体に流し込んだ。

 それは下着とも服とも違う感触。軽い素材で、かつ下着よりも外気を遮断するような密閉具合。ごくりと唾を飲みこむ。それが擦れる感触が、なんか落ち着かない。むずむずとする。

「もう着終わったかい?」

 言いつつラムが背後から肩にぽんと手を置いてくる。

「あひゃっ!?」

 自分のものとは思えない甲高い声が口から漏れた。

 外しかけていたラップタオルが足元に落ちる。


「おお」

「うわぁ……」

 感嘆の声が二つ背後から聞こえた。

 顔が熱くなって、首がコンクリで固定されたみたいに動かない。

「……後ろ姿でもすごくきれいだね」

「うん」

 ごくりと唾を飲みこむ。

 なんか知らんが、すごい胸の内がくすぐったい。


 俯いた胸からヘソ、太腿、膝、つま先……。

 余計な肉がついておらず、ほっそりとしている。

 白い肌は桃色のフリルがついた水着に彩(いろど)られている。


 トップスに触れると、微(かす)かな弾力を感じる。

 代わりにあそこが消えている。大事だったものがついていたあの場所。

 紛うことなき、女の子の身体……。


 自分の体なのに、見ているとドキドキしていた。

 今まで何も感じなかったはずなのに、水着を着ているだけで。

 裸の時よりも、より少女らしく目に映る。


「ねえねえ、こっち来てみなよ」

 くいっとラムに腕を引かれた。

「お、おい……」

 踏ん張ろうとしたが、反対からアイスに押されて足を踏み出してしまう。

「いいから、いいから」

「……ね?」

 為(な)す術(すべ)なく二人に連行され、俺は室内にあった鏡の前に立たされた。

「ほら、見てみなよ」

 促(うなが)されておずおず顔を上げると、すごく愛らしい水着姿の少女が目の前にいた。

 長い髪を背に垂らし、桃色のフリルのついた水着――胸の部分が無駄に開いていることに今はじめて気づいて恥ずかしい……――を身に着けている。

 赤面して身を縮めているその子は、涙目でこちらを――俺自身を上目遣いに見つめてきていた。

「可愛い」

 アイスの一言に、その子の頬はますます赤く染まった。顔がすごく熱かった。

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