四章6 『フリルのついた水着』
アイスに連れてこられたのは――
「更衣室、か……」
「どうしたの?」
「いや、その。昨日のこと……思い出しちゃってな」
「……あぅ」
珍しくアイスが顔を赤らめた。
「ん、なんだい? もしかして君達、更衣室で何かしたのかい……二人きりで?」
ニヤニヤと笑いながらラムが俺達の顔を覗き込んでくる。
「いっ、いやっ、別にそんな……」
「な、何もしてない……ソアラとは」
「ソアラとはって……リーダーさん、そりゃどういうことや?」
めぐるがアイスの言葉尻を捕まえ追及してくる。
「そ、その、えっと。全然、そういうのじゃなくて……」
「そういうんのが、ようわからんな。ちょっと、ウチに教えてくれへん?」
「うっ……そ、その」
「ふふっ、なんで顔真っ赤にしてるんだい? そんなに恥ずかしいことなのかな?」
「ち、違う……」
二人は相手の守りを崩した棋士のように、アイスへどんどん質問という名の駒を指し進めていく。
「ちょっ、や、やめろよ」
俺はそれを慌てて阻止するが。
「いやいや、ソアラくん。元はと言えば、君が『昨日のこと』って言ったのが発端(ほったん)だったんだよ」
「せやせや。むしろウチは、自分から話を聞いてみたいねん」
「へ、いや、えと……」
自分より背の高い女性と、同じくらいの目線の女子。そんな二人に意地悪く笑われて詰め寄られるのはかつてない体験であり、俺はたじたじになってしまう。
「ごほん。ちょっといいですかな」
助け舟を出してくれたのは、意外にもボルトだった。
「まだデモンストレーションまで時間がありますし、皆様方、各々(おのおの)心労を溜(た)めていらっしゃるでしょう。よろしかったら気晴らしされてはいかがですかな?」
「気晴らしって……何で?」
アイスが問うやいなや、ボルトはパチンと指を鳴らした。
途端、キャスター付きのハンガーラックを彼の部下らしき男達が引っ張ってきた。
それには色とりどりの水着が吊り下げられていた。
「このアジトには温水プールにジャグジーがございます。そこで遊ばれてはどうでしょうか」
「へえ、おっさんにしては気が利いてるやないの」
「お褒めに預かり光栄ですな」
おおむねみんなの反応はプラスよりのものだった。
アイスは興味津々といった様子で水着を見ているし、ラムは「ちょうどいいや、汗をかいてたんだよね」と言ってパジャマの前の辺りを軽くパタパタとしていた。
ごく普通の反応である。俺とラムは一晩風呂にも入れず幽閉されていたのだし、作業着姿のめぐるも徹夜で何かをしていたのか汗の臭いがする。ボルトの申し出は嬉しい類(たぐい)のもののはずである。
アイスはよくわからないが水着を見る様子は楽しそうだ。
カナヅチでもない限り、ここでイヤがる理由はないだろう。普通ならば。
「あ、いや。俺はいいかな……」
やんわりと辞退しようとするが。
「なんでや。自分、少し臭いで」
「そうそう、汗をきれいさっぱり流した方がいいよ」
「でも……」
「無理強いはダメ」
アイスがすっと割って入って庇ってくれた。
「ソアラは元々男だった。きっと女の子の水着は恥ずかしい」
……いや、外れてはいないのだが、そんなことをラムやめぐる相手に言ってしまうと逆に格好の材料を与えてしまうようなものでは……。
案の定(じょう)、二人は口の端を吊り上げて水を得た魚のように何がなんでもといった勢いで誘ってくる。
「別に恥ずかしがる必要はあらへんって! 絶対に似合うから!!」
「そうそう、ソアラくんの水着姿はきっと可愛いよ。なんてったって、素材がいいんだから」
「適当なこと言って……」
「適当なんてことあらへん」
「僕等は真面目にソアラくんに水着が似合うって思ってるんだよ。それに君だって、水着を着てみたいって思ってるんじゃないかい?」
「俺が……?」
ちらと水着の方を見やった。可愛らしいデザインからシンプルな色合いのものまで、バリエーション豊かだ。ただし共通しているのが、どれも女性用ということだ。パンツだけのものはなく、胸を隠すトップスがセットになっている。
中でも目を引いたのは、フリルがついた水着だった。あざといぐらいに可愛さを前面に押し出しているそれは、見ているだけで胸が高鳴った。男だった時ならおそらく着ようとはしなかったであろう。だが今なら望めば身に纏(まと)える。加えて不自然ではない。あえて自身を客観視して述べるなら、おそらく十中八九似合うだろう。なにせ小柄で可愛い系の女子なのだから。
自分が着ている姿をイメージしてしまうと、もう水着から一秒たりとも目を離すことができなくなってしまった。とりわけ心を奪われたのは、上下ともに淡いピンク色のものだった。それはデザイナーが女性――いや、サイズ的には女子だろうか――を魅力的に見せようとして作られたものであり、今の自分がまさにぴたりとあてはまるという。本来ならば結ばれるはずのなかった運命の糸が、目の前でプレゼントボックスのリボンのようにきれいな形で繋がれるのを目にしたような気がした。
「……着たいの、水着?」
アイスの声に俺は我に返った。
「ま、まさか。そんな……」
「着たくないの?」
間反対の問いを受けて、俺は言葉に詰まった。それが何よりも雄弁な答えだった。
アイスは俺の手をそっと取り、言った。
「……今のソアラは女の子なんだから。恥ずかしがらないでいい」
「で、でも……」
小さな手が、俺の手をそっと包み込んでくる。たちまち凝り固まった心が解けていく。
「大丈夫だから。自分に、正直になって」
焦りは心中深くへ沈み込み、代わりに本心が浮かび上がってくる。
俺は夢心地のような思いでうなずき、口にしていた。
「……着てみたい。フリルのついた、水着を」
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