四章5 『関西弁の女』
食事を終えた後、微(かす)かに湯気立(ゆげだ)った紅茶が出てきた。
ティーカップを持ち上げて、匂いを嗅(か)ぐ。
ダージリンだ。おそらく、かなり上質な。
「ソアラ。人心地ついた?」
「ああ。お腹いっぱいだ」
「そう、よかった」
アイスはくいっとカップを傾けて紅茶を飲む。香りを楽しむような所作は見せない。
俺も倣(なら)ってカップに口をつける。
「うん、美味いな」
「わたしは緑茶の方が好き」
「じゃあ、そっちを淹(い)れればよかったじゃないか」
「洋食には紅茶」
よくわからないが、彼女なりにこだわりがあるらしい。
俺は紅茶をソーサーの上に置いて訊いた。
「この後、デモンストレーションとか行われるのか?」
「そう。それにわたし達は出る」
「……わたし達(・)?」
「ソアラも」
さも当たり前のように言われたが、こちらにとっては寝耳に水である。
「すまんが、話がまったく見えない。どうして俺がそのデモンストレーションっていうのに出なきゃいけないんだ?」
「……イヤ?」
若干声のトーンが落ちた。眉尻も微妙に下がっている。
意識してやっているなら、なかなかの策士である。こんな言われ方をしたら断われるわけがない。
「別にイヤじゃない。よくもないけど」
「どっち?」
「命にかかわらないことなら、喜んでやらせてもらう」
冗談のつもりで言ったのだが、予想に反してアイスは困ったように眉をひそめた……気がした。つうっと背筋津を冷たい汗が伝う。
まさかとは思いつつも訊いてみる。
「……もしかして、命がけのことをさせるつもりなのか?」
「下手したら」
そこでアイスは口をつぐむ。続きは聞かずとも容易に解することができた。
「なあ、本当に俺に何をさせるつもりなんだ?」
アイスは紅茶の水面をじっと見つめた後、やにわにそれをくいっと一気に呷(あお)り、飲み干した。
呆気(あっけ)に取られている俺に、カップを置いた彼女が言った。
「もう紅茶はいい?」
俺は慌ててカップに口をつけ……。
「あちっ、あちっ!」
慌てたせいで貧弱な猫舌が悲鳴を上げた。大分冷めていたと思ったのだが……。
「……大丈夫?」
「へ、へーひだ」
息を吹きかけながら自分的には速く飲み切って、うなずいた。
「紅茶は飲み切った」
「無理しなくてもよかったのに」
「いや、無理なんてしてないぞ」
そう言っている時の舌はヒリヒリしててちょっと痛かった。
「そう……じゃあ。またわたしに付いてきて」
そう言って立ち上がったアイスに、俺は素直についていく。
さっき借りたスリッパがぺたぺたと情けない音を立てる。
廊下に出るなり、一人の女性と出くわした。薄汚れた作業着を着ている。おそらく身機のメカニック的なヤツだろう。ショートヘアにツリ目の気が強そうなヤツだった。
「おう、リーダーさん。お疲れや」
「お疲れ」
軽く挨拶するアイスに、女性はため息を吐く。
「あかんわ。リーダーさん、相変わらず固いわ」
「……固い?」
「せや。そんなんじゃ男にモテんで」
「そう。気を付ける」
おそらく彼女もメイオウに所属してるメンバーなのだろうが、それにしては……。
「なあ、お前アイスに対して馴れ馴れしすぎやしないか?」
「はあ? 自分こそ、初対面のウチに馴れ馴れしいやないの。失礼やわ」
「……そりゃ、すまないな」
「ふん、まあいいけどな。ウチは心が広いさかい、許したるわ」
絶対コイツ器は小さいな……というのは胸の内で呟くだけに留(とど)めておく。
「めぐるくん、久しぶりだね」
背後にいたラムがフレンドリーに話しかけると、めぐるというらしい女性は「あん?」と彼女をまじまじ見て言った。
「なんや、ラムか。生きとったんやな」
「挨拶だね……。僕がヘマして死ぬとでも思ってたのかい?」
「せやな、調子に乗りすぎて三べんぐらいおっ死(ち)んでたんやないかと思っとったで」
「さすが関西人、キレキレの洒落だね」
「アホ、マジて言うとるんや」
「え……、まさか嘘だろう?」
「マジのホンマ、大マジや。っていうか自分はいっぺん死なんと、バカが治らんで」
「……めぐる、そうやって死ぬ死ぬ言うのはダメ」
「むう……、リーダーに言われたらしゃーない。命拾いしたな、ラム」
唇を尖らせつつ、ラムを睨みやるめぐる。俺からしたら腹を立てるべきはラムだと思うのだが、彼女は笑みを浮かべているだけだ。怒の感情は微塵(みじん)も感じられない。
「で、リーダー。そこのちっこい俺俺系の女の子はどこのどいつや?」
「……詐欺かよ俺は」
げんなりしている俺を手で示し、アイスが紹介してくれた。
「天神ソアラ。今日のデモンストレーションの主役」
「……え、主役?」
寝耳に水な情報に素(す)っ頓狂(とんきょう)な声を上げると、アイスは首を傾げた。
「……あれ、言ってなかった?」
「いや、初耳だが……。ほ、本当に俺に何をさせる気なんだよ!?」
「なんや、知らんのか自分」
「まるっきり何も知らないよ」
「そか、そか。まあその内わかるやろ」
「いやいや、もういい加減誰か教えてくれよ!?」
「あー。そういやウチ、まだ名前を名乗ってなかったな」
さらっとスルーされた。かなりイラっとした。
めぐるは自身の薄い胸元に手を置いて言った。
「ウチは義屋(ぎや) めぐる。メイオウで身機の調整班主任を務めとる」
「……え、主任?」
「ああ。せやからメイオウに所属しとる身機のヤツはウチに頭が上がらんのや。……そのうち自分もそうなるかもな?」
キランと彼女の目が光る。
途端、ゾクッと背筋が冷え込んだ。
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