四章4 『スクランブルエッグ』

 アイスに連れられて俺は牢獄――ペットショップのケージみたいなものの中から出た。

 背後には迷彩服のヤツ等にボルトがおり、下手なことをしないよう常に見張られている。

「……ソアラ、体の調子はどう?」

 アイスがこちらを見やって訊いてくる。

「いや、全然平気だ。腹が減ってるぐらいで……」

「そう。じゃあ、先に食堂に行く」

「そりゃ助かる」


 アイスはこくりとうなずき、振り返ってボルトに問うた。

「……それぐらいの時間はある?」

 ボルトは軽い微笑を浮かべて言った。

「ええ、大丈夫ですぞ。デモンストレーションまであと2時間ほどはありますからな」

「……なんだその、デモンストレーションって?」

 アイスは淡々とした調子で答えてくる。

「秘密。たぶんソアラは、ぶっつけ本番の方が上手くいくタイプ」

「別に何を企(たくら)んでるかぐらいは、教えてくれたっていいだろ?」

 しかし彼女はふるふるとかぶりを振る。

 助けを求めるようにすぐ後ろを歩いているラム――彼女の手錠は俺と違って取られている――の方を見やるが、肩を竦めて「ごめん」と謝ってくる。

「リーダーが秘密にしているんだ、部下の僕がうっかり口を滑らせるわけにはいかないよ」

 訊き出すのは……、さすがに無理だろう。アイスはもとより口数が少ないし、ラムなんか数年にわたって軍を欺(あざむ)き続けてきたのだから。


 俺は諦めて囚人として彼女達に従うことにする。

 ただし、これだけは訊いておかねばならない。

「なあ、エンジュはどうしてるんだ?」

「まだ寝てた」

「……ないとは思うが、手荒なことしたら許さないからな?」

「わかってる」

 アイスは一度しっかりとうなずいた。

 内心でほっと胸をなでおろす。


 余裕ができたら、今自分がいる場所に興味が出てきた。

 広い空間だ。

 天井が高く、本当にペットショップのように左右にケージ状の牢獄が並んでいる。

 牢獄の中はほぼ空っぽだったが、いくつかには人が閉じ込められている。彼らはこちらを狂暴な獣のような目で睨(にら)んできていた。

 その様を見るに、本当にメイオウという組織は存在し、活動しているのだということが間接的にわかった。


「なあ、どうしてアイツ等は閉じ込められてるんだ?」

「裏切り者と、諜者(ちょうしゃ)」

「……牢獄に入れといて、どうするんだ?」

「わからない」

 アイスは在監(ざいかん)者をぐるっと見やって言った。

「心を入れ替えることはない。かといって、危険因子を野に放つわけにもいかない」

「どうだろうな。もしかしたら考えを変えるってこともあるんじゃないか?」

「あり得ない」

 きっぱりとした口調だった。

「人は物心ついた時にはすでに一個体として完成してる。鉄はすでに冷(さ)めきっている」

「なんでそう言い切れる?」

「そう教わった、恩師に」

「先生……。誰だソイツ?」

「今はもういない。暗殺された」

 ぎゅっと唇を噛むアイス。


 亡き大切な人の教え、か。

 それこそアイスはその考えを死ぬまで、変えることはないだろう。

 ソイツの言ってることも間違っているとは言い切れない。人の性格がどの時点で決定づけられているかなんて、誰にも証明のしようがないからだ。

 だが――


「なあ、アイス」

「なに?」

「俺はさ、エンジュのヤツに突然女にされたんだけど――」

 自分の体を軽くひねってみせて、アピールしてみる。

「この体になってから、少しずつなんか色々と変わってきてる気がするんだ」

「変わってる?」

「ありていに言えば考え方とか、ものの見方とか。体そのものが変わったから、色々な感じ方とかもさ」

「……つまり?」

「人の性格ってのはさ、何かきっかけがあれば変化が訪れることもあるんじゃないか?」

 アイスはしばしじっと俺の顔を見てきていた。相変わらずの無表情とガラス玉のような瞳からは心の内を読み取ることは難しい。僅かに眉だけが動き、どうやら何か考え込んでいるらしいことだけは推測できた。


 やがて彼女はぴたりと眉の動きを止めて言った。

「そうかもしれない」


   ○


 異様に広い食堂。

 四角いテーブルが縦横揃(そろ)えて並べられ、通路が京都の街みたいに――おそらくはそれ以上に――きっちりと区画整理されていた。

 俺は手錠を外され、食事にありついていた。メニューはバターロールが四つにスクランブルエッグ、コンソメスープにポテトサラダ、レモンチキン。

 ドリンクはオレンジジュースだった。


 味はまずまずだった。空(す)きっ腹だったからやたら美味(うま)く感じるが、平時ならそこまでの感動はなかっただろう。

 バターロールにイチゴジャムをつけていると、向かいに座っているアイスが訊いてきた。

「美味しい?」

「まあ、わりかし」

「そう」

 一度言葉を切った後(のち)、再び尋ねてくる。

「どれが一番好き?」

「えっ? えーっと……」

 予想外の質問に、俺は思わず目の前に並んだメニューを見回してしまう。

 ぶっちゃけ一番美味かったのはコンソメスープだったが、それが粉末タイプだったらなんかカッコ悪い……というか、用意してくれた人に失礼な気がする。

 こういう時は一番無難な――確実に手作りだとわかるものにするべきだろう。

「このスクランブルエッグかな」

「……そう」

 ついと目を逸らすアイス。


 回答をミスったかと思ったが、よく見やるとアイスの口元が心なしか緩んでいる気がする。

 俺は舞い降りてきた天啓を信じて訊いてみた。

「もしかしてこれ、アイスが作ってくれたのか?」

 ぴくっ、と彼女の肩が小さく跳ねる。ビンゴだ。

「やっぱりか」

 二度うなずき、俺は笑みを投げかけて言った。

「ありがとう、すごく美味しいよ」

「……そう、よかった」

 見間違いだろうか。彼女の頬が少しだけ色づいたような気がした。

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