四章3 『メイオウ』

「おや、これはお邪魔してしまったようですな」

 突然かかった声に、はっと俺は見やった。

 いつの間にか部屋の戸は開き、ボルトのヤツがニタニタと気色(きしょく)悪い笑みを浮かべてこちらを見てきていた。今はやたら立派なスーツを着て、ドラキュラにでも似合いそうな黒いマントをつけている。

ヤツの背後には迷彩服を着た見るからに屈強な男が四人ほど控(ひか)えている。全員がアサルトライフル並みのサイズのレーザーガンを持っていた。軽々と車を撃ち抜ける威力を持つ一丁だ。

「……覗き見か。お前、趣味悪いな」

 睨みやると、ボルトは鼻で笑い背後を顎でしゃくって。

「ガラス張りのこんなところでまぐわいだした、お主等が悪いんじゃないですかな?」


 指摘されたラムは「あ、うう……」と顔を赤らめて俯(うつむ)いてしまう。

 俺は彼女を庇うように前に出て、ボルトに問うた。

「ここはどこだ? 俺達を閉じ込めてどうするつもりだっ!?」

「質問は一つ一つしてほしいですな。それにワシが説明せずとも、そっちにいるラムが知っているのではないですかな?」

 ビクッとラムが震える。

 たちまち彼女の顔が青くなっていく。

「……そ、それは言わない約束じゃないかな?」

「はて? ……ああ、そういえばそうだったかもしれませぬな」

 交わされる言葉の意味をつかめず、俺はラムに訊く。

「なあ、何話してんだ?」

「……そ、それは……」

「おやおや、まだ知らなかったのですかな」

 やけにボルトは上機嫌な様子だった。

「てっきりラム嬢のあれは、色仕掛けかと思っていたのですがな」

「……話が見えないんだが」


 ラムを見やると、ついと目を逸らしてしまう。

 呼気が乱れ、唇がぷるぷると震えている。

「どうしたんだよ、ラム?」

「ごめん……ごめんね、ソアラくん」

 何を謝られているのか、さっぱりわからない。訝(いぶか)しんでいると、ボルトが耳|障(ざわ)りな笑い声を上げて言った。

「ラム嬢はワシの所属する聖霊領域暗部組織の工作員なのですぞ」


 突如として発せられた謎の言葉に、俺は首を傾げざるを得なかった。

「せ、聖霊領域……暗部? なんだそりゃ」

「聞き覚えがないのも無理はありませぬな。暗部、またの名をメイオウは聖霊領域の一派、我がアマノガワ直属の組織ですからな」

「……お前がその暗部の長(おさ)ってわけか」

「いいえ。違いますな」

 予想に反してあっさりとヤツは首を横に振った。

「ワシはメイオウの副リーダー。真の長……王は別におります」

「……王?」

「ええ。……おっと、いらっしゃったようですな」


 ドアの外からカラン、コロンと澄んだ硬質音が聞こえてきた。

 見やるとガラスの向こうに一人の少女が現れた。

「……う、嘘だろ?」

 黒く長い髪をたなびかせて、下駄を鳴らして彼女は歩いていた。

 やけに丈の短い赤い袴に、黒い上衣を着ている。


 部屋に入ってきた彼女に、俺は叫ぶように問うていた。

「なっ、なんでだよっ……、アイスッ!?」

 彼女は手に持っていた扇子を向けてきて言った。

「……ソアラ。ダメ」

「……え、何が?」

 いきなりの気が抜けぬような声の注意に、驚愕が抜けて疑問にすり替わる。

「ラムも……」

「え、あ、うん?」

 俺達の顔を見比べて、アイスは言葉を継ぐ。

「エッチなことは、ここでしちゃダメ」

 不意打ちに俺とラムの顔はたちまち熱を持ち始める。


「……い、いや、別にエッチなことはしてないぞ!? ちょっとその、戯(たわむ)れてただけで……」

「そ、そうだよ。ABCのAまでで……」

「いや、やめろよその言い方!? なんか本当にエッチに聞こえてくるだろ!!」

「というかお主等、なぜにその年齢でそれを知っとんですか……」


 アイスがパチンと音を立てて扇子を畳み、場に漂っていた弛緩した空気を断ち切る。

 彼女は口の前に扇子を立てて言う。

「……わたしはメイオウの長、愛洲智流。改めて、よろしく」

「え、あ、よ、よろしく……じゃないだろ」

 流されかけたが、寸でのところで疑問がひっかかり突っ込んだ。

「その聖霊領域の……暗部だっけか? なんでそこが俺をひっとらえるんだよ?」

「手荒なことをしてごめんなさい。でも色々と事情がある」

「いやまあ、事情がなきゃこんなことしないだろうけど……」


 俺は手や足の拘束具を見せつけて言ってやった。

「こんなことする必要あったのか? 普通に客人として招いてくれればよかったのに」

「……ティアがいなくなった今、軍には余裕がない。都市での監視も緩んでる。でも、いつどこで見張られてるかはわからないから……」

「なるほど。聖霊領域の外では、迂闊(うかつ)なことは言えなかったと。だとしてもあんな三文(さんもん)芝居はいらなかっただろ」

「さんもん……?」

「小屋に突入するだの囮だのってヤツだよ。爆発まで起こしてたし、目立つだろ」

「……ああ、あれ。軍には訓練の届けを出してるから、大丈夫」

「いや、そうじゃなくて……」

「それに、まだ了承をもらってないから基地の中を見せるわけにはいかない」

「やっぱりここはアジトだったってわけか……」


 アイスは扇子を下ろし、真っ直ぐ俺の顔を見やり。

「ソアラ――」

 改まった声で言ってきた。

「あなたには、力を貸してほしい」

「何に……?」

 彼女は再び扇子を開く――そこには日の丸を矢で射抜いた絵が描かれていた。

「日本――母国の野望を、阻止するのに」

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