四章1 『質素な牢獄にて』
「……くん、ソアラくん!」
声がした。
暗闇の中に響く、少女の声。
どうやら俺は意識を失っているらしい。
なんか最近、やたらそういうの多いな……。
徐々に身体と意識とが結びつき、眠りから目覚めつつある。
まだ難しいことは考えられない。一体、何があったのか……。
「ソアラくん、ソアラくんっ!」
俺を呼ぶ、この声は……。
瞼が開いた。それはほとんど無意識の、自然な行為だった。
薄暗い空間だ。
ずいぶんケチな光量の照明が天井につけられただけの場所。
俺の顔を覗き込んでいるのは、思った通りの人物。
「……ラム」
名を呼ばれた彼女は、ほっと息を吐いていた。
「よかった。あまりにも深く眠ってるから、永眠しちゃったのかと思ったよ」
「よくもまあ、そんなことさらっと言えるな……。っと?」
体を起こそうとして、異常なことに気付いた。両手が動かない。ガッチリと何かに固定されているようだ。
「んっ……なんだよ、これ?」
「電子手錠だよ。特定のカードキーがなくちゃ、開錠できないんだ」
そう言ってラムは振り返り、自身の手を見せてきた。そこには白く素っ気ないデザインの∞型のものに両手首が固定されていた。白光りする表面からして、硬質で頑丈そうな印象を受けた。中心部分に楕円形の透明な場所があり、そこには角部分が丸みを帯びた四角いアイコンのようなものが描かれていた。おそらくカードを読みこませる場所だろう。
「ちなみに足も同様だ。それは自分のものを見ればわかるだろう?」
見やると、確かに俺もラムも両足を固定されている。
あと変わったことといえば、服を着替えさせられていた。
水色のシンプルなボタン付きのパジャマっぽい服だ。着心地はさほど悪くないが、それは状況の悪化を如実(にょじつ)に物語っている。勝手に服を着せ替えられてしまうぐらい今の自分達は、何者かの支配下に――おそらくはボルトの手中に――置かれているということなのだから。
それと冷たい床に素足というのもイヤだった。
というかベッドがあるんだからそこに寝かせておけよ、とも思う。
……いやまあ、目が覚めたらラムと一緒のベッドに寝かせられていたというのは、想像するだけで少し気まずい感じがしないでもないが……。
「……どうして赤面してるんだい?」
「えっ、あ、いや、なんでもない、なんでも」
俺は慌ててかぶりを振り、続けて努めて声のボリュームを上げて言った。
「ったく、一体全体、何がどうなってるんだよ?」
「覚えてないかい? 僕達はボルトのいる小屋に突入したんだ」
「……ああ、そういえばしたな」
「手下を倒したはいいけど、ボルトを無力化せず油断したところで催眠ガスで眠らされてしまったんだ」
完全に記憶が蘇ってきた。
忌々しいボルトの笑い、甘い香りのガス、途切れる意識……。
「クソッ、なんで俺は……。とっととアイツを拘束するなり、意識を奪っておけば……」
「いや、僕の責任さ。本職のクセに、敵に隙を見せてしまうなんて、さ。本当……、一生の不覚だよ」
ぎゅっと強く唇を噛(か)むラム。らしくない、本当に後悔の念に苛まれているような表情だった。
「いや、誰にだって失敗はある。それに俺がいなきゃ、きっとお前はあんなミスをしなかったんだろ」
「ソアラくんのせいじゃないさ……。僕がいけなかったんだ。僕が……」
どんどん気落ちしていくラム。視線はどんどん下へ下へと落ちていく。
俺は彼女の顔を覗き込み、笑みを投げかけて言った。
「反省会は帰ってからにしよう。とりあえず今はさ、ここから出る方法を探さないか?」
言いつつ俺はぐるっと周囲を眺めやった。
狭い直方体の部屋だった。
天井、壁が雪原のごとく白く、壁の一面だけが透明なガラスとドアが取り付けられただけの室内だ。
ベッドが一台とトイレ、それに床にトイレットペーパーのロールが一つある。
それだけだ。恐ろしく何もない部屋だった。ペットショップのケージの方がまだ幾分(いくぶん)かマシかもしれない。
「……僕達はこらからどうなるんだろうね」
青いため息と共にラムは言った。
「こんな場所に閉じ込められてさ……。まったく、陸将補が聞いて呆(あき)れるよね」
「そうネガティブになるなよ。きっとエンジュ達が助けに来てくれるさ」
「だといいけど……」
本当にラムは弱っているようだった。かなり精神的に追い詰められているって感じだ。
俺もつい昨日、ティアがいないという状況で参っていたから、彼女の気持ちはなんとなくわかる気がした。
どうにか慰めてやりたかったが、現状じゃ手も足も自由にできない。
悩んだ末、俺は……。
「ラームッ! ……っと、と」
「えっ――わっ!」
俺はラムに軽く――のつもりだった――体当たりをした。
だが思った以上に勢いがつきすぎて、結果的に全体重を乗せてラムにのしかかる形になってしまった。
手足の不自由な今、ラムはロクに受け身を取ることもできなかっただろうが、どうにか背中から倒れ込むようにしたようだった。少なくとも頭を打ち付けるような、イヤな音はしなかった。
「す、すまんすまん」
「まったく、気を付けてくれよ――あ」
「えっ……、あ」
体を起こした俺は、文字通り目と鼻の先にラムの顔を見た。
まつ毛の本数がわかるぐらい、唇の微かな皺を目でなぞれるぐらい、肌の温もりを感じられるぐらい、間近に。
赤らんでいく彼女の顔を見つめている内に、自分の体温が上昇し、心拍数が少しずつ増していった……。
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