三章17 『突入』

 ボルト達が立てこもっているのは、作りが粗末な小屋である。

 しかも陽動作戦によって守りは手薄になっている――と予測される。


 さっきまで窓から漏れていた光が消えている。襲撃者が突入してきた時のためのせめてもの備えだろう。おそらく彼等は暗視ゴーグルをつけていて、暗闇の中に飛び込んできた敵を一方的に射殺するつもりなのだろうが――。


「ダメだねえ、全然なってないよ。あの人達」

 ため息混じりにラムが言う。

「ついさっきまでは窓を開ける利点があっただろうね。怪しい接近者を射撃できる、っていうさ。でもいくら予期せぬ緊急事態があったからって、そのままにしちゃダメだよ」


 彼女の手にはピンポン玉並みに小さなラグビー状の物体が握られている。

 それにつけられたスイッチを押し。

「ちょっとした隙(・)が命取りになるってこと――僕がその身に直接教えてあげようか」

 プロ野球選手のごとく振りかぶり、およそ二十メートル先の窓の隙間目掛けてその物体をぶん投げた。

 ヒュンと空を裂き、吸い込まれるがごとくそれは窓の隙間の中に入った。

 僅かな間の後、ピカッ!と窓をつんざくがごとき光が漏れ――


「なっ、なっ、なんだぁあああああッ!?」

「うぉっ、まっ、眩しい!?」

「ぐぁあああああっ、め、め、目がぁあああああッ!!」

 三人ほどの悲鳴が小屋の中から上がる。

「落ち着くのですっ! 近くに敵がいるのですぞっ、狼狽(うろた)えている場合ではありませぬぞ!!」

 ボルトが必死になって怒鳴っているようだが、誰も聞いちゃいないのだろう。阿鼻叫喚(あびきょうかん)の様子が騒ぎを聞いているだけで、手に取るようにわかる。


「チャンスだね。ほら、行くよ!」

 何か言う暇もなくラムが飛び出していった。

 俺も彼女の後を追うように駆け、窓から身を滑り込ませるように小屋の中に突入する。


 中ではすでにラムが戦闘を始めていた。

 いや、戦いというかもはや一方的な鎮圧(ちんあつ)だろうか。

 すでに手下の二人が床で伸びており、三人目の男をラムが背後から手刀(しゅとう)の一撃で静める。

 彼等は皆暗視ゴーグルをつけていた。そこに凄まじい光量を放つグレネードを投げ込まれたのだ――目が眩(くら)んでいてまともに動ける状態じゃなかったのだろう。

 ラムは残った一人、床に尻もちをついた格好で壁の方へ移動しているボルトを見やり問いかけた。

「さて、ボルトくん。どうして土足で上がる小屋の中にカーペットを敷いているのか、教えてもらえるかな?」

 ボルトはゴーグルをつけた頭を上げた。

「そ、その声は……、さっき来たヤツの一人か?」

「どうだろうね。君の想像にお任せするよ」


 ラムはつかつかと彼の元へ歩み寄っていく。

「で、こちらの質問の答えがまだなんだけど?」

「インテリアをどうしようが、ワシの勝手ではありませんかな?」

「じゃあ、今からカーペットをどかして確認してもいいかな? そこに何もないことをさ」

ビクッとボルトの体が一瞬震えるのを俺とラムは見逃さなかった。

 こりゃ当たりだ――あそこにはきっと、何かがある。


「ひ、人の家のものを勝手にいじるのはいささか常識が欠けていると、い、言わざるを得ませんな」

「ちゃんと調査令状を持ってきてるかもしれないよ? もっとも今の君はたとえ僕がそれを提示しても、見ることができないだろうけどね」

 令状なんて持ってきてるわけがない。ラムはこの小屋の存在をついさっき知ったのだし、軍の本部には戻っていない。それに誰かから何かを受け取った様子もなかったのだから。

 という思いを抱きつつ白い目を――暗視ゴーグルをつけているのだから、目の色など視認できないだろうが――向けると、ラムはそれに気づいたのかやれやれとかぶりを振りつつ、バッグからタブレットを取り出して俺に見せてきた。

 そこにはちゃんと電子の令状があった。日付は今日のもので、文面にはこの場所の座標位置が記載されていた。


「……なあ、今までの突入って全部無駄だったんじゃないか?」

「そんなことないさ。いくら令状があってもその発行元が軍である限り、聖霊領域の人達は自分の土地のお偉方に泣きついて権力を味方につけて抵抗してくるかもしれない。そうなったら軍と聖霊領域のいつもの泥沼の口論に持ち込まれる。話がややこしくなるよりは、こうしてあっさりと終わらせてしまった方がいいだろう?」

「そりゃまあ、そうだけど……」

 と俺が口ごもった時――


「くくくっ」


 笑い声が聞こえてきた。おかしさゆえ、心底から込み上げてきたような――そんな笑い方だった。

「すでに勝利を確信しているとは。若いですねえ、若いですなあ……」

 俺は目を見開いたラムと共にボルトを見やった。

 彼はいつの間にか暗視ゴーグルを顔を覆うガスマスクに付け替えていた。

 その手には黒い円柱状の物体に赤い突起のついたものがあった。

「しかし勝負は相手の息の根を止めるまで、続くものでしてねえ……。くくくくくっ」

「まっ――」


 俺が声を発しかけた瞬間、突起――スイッチが押された。

 途端、室内のどこかからプシュッと白いガスが噴き出してきた。

 もうもうとそれが辺りを覆っていく。

「ソアラくん、い、息を止め……」

 すでに、手遅れだった。

 俺達はいきなりの出来事に呆気に取られていて、注意を怠(おこた)っていた。

 甘い匂いのするガス……。頭の中が軽くなって、瞼が重くなってくる。

 全身から力が抜けてきた。

 そのままぷつりと意識が途絶えた。

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