三章16 『軍の事情』

「……というわけだよ」

 ブリーフィングを聞き終えた俺は要点を繰り返す。

「つまりボヤ騒ぎ――もしくは爆発をエンジュとアイスを起こして、小屋の中にいるヤツ等が確認しに出た隙に乗り込むと」

「そういうことだよ」


 ちょっと考えた後、俺は「問題が二つある」と言った。

「一つは小屋の中にいるヤツ等が別のヤツ――警察や聖霊領域の自警団に連絡して、自分達が動かない可能性がある」

 ラムは「それはないよ」と笑って言った。

「自分の近くで危険なことが起きているのに、それを実際に見ることなく無視できるような図太い神経の人達が、見張りなんてことするわけがないじゃないか」

「なるほど。確かにそうだ」

 俺は一度うなずいた後、再び口を開いて訊いた。


「もう一つある。そのボヤ確認のために、全員が小屋の中を出るとは限らない。何人かは中に残って警備を続けるかもしれない」

「だろうね」

 今度はラムはあっさりとうなずいた。

「ソイツ等は僕達が倒すしかない」


「……お前、ケンカの自信は――ッ!?」

 言いかけた瞬間、ズドンという音と共に地面が揺れた。

 何事かと周囲を見やると、少し離れたところからもうもうと黒い煙が上がっているのに俺は気付いた。

「あ、あれは……!?」

「上手くやってくれたようだね」

「にしたって、やりすぎだろ……」

「確実にアイツ等をおびき出すには、あれぐらいしなくちゃダメだろ。ほら、見てごらん」

 ラムに言われた通り眺めやると、小屋から血相を変えた男達が飛び出してきていた。

 ボルトは……出てこない。やはり何人かはいまだ待機しているようだ。


「……なるほど。小屋に残っているのは四人か」

「四人。……俺とお前で二人ずつか」

「ふふ、そういえば君は襲撃者を倒したんだったね」

「まあな。こんなナリになっても、今も……いや、今の方が前よりも調子がいいぐらいだ」

「ふうん? ……じゃあ頼んだよ。でも、一つだけ忠告させてもらうけど」

「なんだ?」

「小屋の中にいるのが四人っていうのは、あくまでもさっきのメンバーしかいないならの話だからね」


 念を押すような言い方にイヤな予感がして、背筋が冷たくなるのを感じた。

「……どういうことだ?」

「カーペットの下にはおそらく何かがある。もしもそれがアジトだったとしたら、他にも誰かが――もしかしたら、アンドロイドやサイボーグがいるかもしれない」

「じょ、冗談だろ?」

「僕もそうだったらいいなと思うよ。本気で」

 ラムはいつもの軽薄な笑みを浮かべていたが、その目だけは本気(マジ)だった。


 鍔を飲みこんだ俺は、暗視ゴーグルで小屋の様子を見やった。

「……さっきスナイパーライフルを持っていたヤツがいなくなってる。守りが薄くなったったのかもしれないな」

「いいや、逆だね」

 バッグやポケットを探り、それぞれの装備を確認しながらラムが言った。

「さっきの爆発で連中は、周囲に何者かがいると予想した。だからおそらく、小屋の中に誰かが残っていると悟られないように、見張りを窓から離したんだ」

「なるほど。ラム、お前悪だくみの才能があるな」

「褒め言葉として受け取っておくよ。ソアラくんは装備の点検はしなくていいのかい?」

「こんな野外で身体測定をするような趣味は、俺にはないからな」

 ソアラは俺のことを頭から天辺まで見回した後、「なるほどね」と笑いを漏らした。


「君の点検、僕がやってあげようか?」

「悪いが、お前はタイプじゃないんだ」

「それは残念。君は点検をしたり、されたりした経験は?」

「ガンマンだった頃も、武器からブラックホールに持ち替えた後もない」

「そりゃホワイトだね」

「純白じゃなくて純潔だろ、普通は」

「こりゃ一本取られたね」

 ハハハと笑うラムに、我知らず溜息を漏らしていた。


「……俺から始めたとはいえ、こんな非生産的なトークをしてる場合じゃないだろ」

「ちゃんと手だけじゃなくて口も動かしてるから……ってなんかそこはかとなく色っぽい感じがしないかい?」

「それはもういいから……って、やけに装備の数が多くないか?」

 ラムは軽装な見た目に反してあらゆる部分に小型のナイフなどの武器や、その他よくわからないものを至る所に隠し持っているようだった。


「備えあれば憂(うれ)いなしってね。しかも敵を知り――なんてされない点もクリアしている。軍にいれば100戦どころか下手したら一年で千を越える戦いをさせられる。用心してしすぎるなんてことはいのさ」

「……恐ろしいところだな」

「まあその分、長期休暇はあるからね。案外、普通の会社よりはホワイトかもしれないよ」

「軍に労働環境負ける今の日本ってどうなんだよ……」


「なまじうちの業界は身体が資産みたいなところがあるからね。おまけに今時、戦場に立ち続けられる精神の持ち主はそうそういない。だから新入りに対して、すごく丁重に接してくれるんだよ。……っていうことでどうだい?」

「あれ……今俺、スカウトされてたのか?」

「……あはは、冗談だよ」

 この笑い顔にはいい加減、軽く殺意が湧いてくるな……。


「そう怖い顔しないでくれよ。君の実力を買ってるのは本当だよ」

「どうだかね……」

「それに軍の上層部が君とアイスくんに協力を持ちかけているんだ、近いうちに嘘から出た実(まこと)になるかもしれないよ?」

「どうだかね……」

 ラムは「よし」とシューズの踵に仕込んだナイフの点検を終えて、こちらを見やった。

「じゃあ軍の適正検査の予行練習に、突入行ってみようか?」

「……いやいや、実際のテストよりよっぽどハードだろそれ」

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