三章15 『乙女の好意』

 草木もいびきをかいているだろう、午前二時頃。

 俺達は物陰――灌木(かんぼく)や大樹の幹(みき)の裏など――から小屋の様子を窺(うかが)っていた。

 室内の電気はすでに消えている。


「もうヤツ等は寝てるのか?」

「いいや、起きてるよ」

 ラムは暗視ゴーグル越しに小屋の様子を窺(うかが)いながら言った。

「二人ぐらいスナイパーライフルのスコープ越しに外の様子を窺(うかが)ってるね」

「……マジか」

「もしも小屋の前を通過して止まらなかったら、窓の隙間から火が噴くだろうね」

「……二人相手じゃ、この人数での突破は無理そうだな」

「蜂の巣が一人出来上がるだろうね」


 俺はため息を吐いて無線機を取り出した。

「裏手はどうだ?」

 電源を入れて呼びかけると、すぐにエンジュが応答してくる。

『ダメだね。見張りの人数は一人だけど、多分熟練者だ』

「そんなのわかるのか?」

『軍に知り合いが何人かいるんだ。ソイツ等と絡んでいる内に、腕の立つヤツは気配でわかるようになったんだよ』

「……ええと。とにかく突入は難しいんだな?」

『そうさね。こっちに潜入のプロがいるか、遠距離武器を持ってて相討ち上等の覚悟で行けば突入できるかもしれない』

「生憎(あいにく)だが、そんなことで死にたくはないな」


 俺は無線を切って状況をラムに伝えた。

 彼女は「ふぅん」と声を漏らし、腕を組んだ――ような気がした。。

「どうも厄介(やっかい)そうだ。まともにやり合うのは避けたいね」

「でもアイツ等、小屋の中に立てこもってるんだぞ。突入するには片づけないと」

「……いいや。作戦を変更しよう」

「変更って?」

「無線機を貸してくれないかい?」

 俺から無線機を受け取ったラムはエンジュと何やら話し始めた。


「エンジュくん、聞こえてるかい?」

『なんだい?』

 無線機からエンジュの機械音声が漏れて聞こえた。

「どうも正面突破は難しそうだからね。作戦を変更したいんだ」

『そりゃいいけど、どうするんだい?』

「こっちから行くんじゃなくて、向こうから出てきてもらうんだ」

『へえ?』

「エンジュくんとアイスくんには囮(おとり)をやってもらう」

「お、囮!?」

 驚きのあまり思わず言葉を挟んでしまった。

 だがラムは口の前で指を立てて沈黙を求めてくる。

 エンジュにも聞こえていたはずだが彼女は少し間を置いた後、何事もなかったように話を進めた。

『……愛洲も了承してる』

「よかった」


 一拍間を置いて、エンジュは口調強めに行った。

『ただし、条件が一つあるそうだ』

「なんだい?」

『絶対に天神を殺さないこと、だそうだ』

 ラムはちらりとこちらを見やり、意味ありげな笑みを浮かべた。

「わかってる。ソアラくんの命は僕が身を挺(てい)してでも守ってみせよう。

『作戦の成功率はそんなに低いのかい?』

「いいや。宝くじで一等前後賞を当てるよりは期待値は高いはずだよ」

『……冗談だと思っていいかい?』

「もちろん」


 一回うなずいた後、ラムの口調が事務的なものに変わる。

「君達には小屋から少し離れたところで火を起こしてもらいたい――爆発でもさせてくれればなおグッドだ」

『わかった』

「アイスくんがいるんだ、あまり火が燃え広がらない場所とかもわかるだろう。くれぐれもこの地に傷跡が残るようなことにはならないようにしてほしい」

『へえ。軍の人間なのに、聖霊領域に気を遣うとはね』

「僕は自然を愛する優しい女の子なのさ」

『そりゃ驚いた』

「いやいや、本当だよ。最近は観葉植物を育てるようになってね。生命の神秘に毎日ビックリさせられているんだ」

 早口でラムがしゃべっている内に無線機の通信は切断されていた。

 ラムは大げさに肩を竦めて言った。

「人の話を最後まで聞かないのはよくないよね。ディスコミュニケーションが問題になっている昨今、僕達はもっと人の話に耳を傾けるべきなんだよ」

「それが有益(ゆうえき)な話ならな」


 俺は小屋の向こう、アイスたちがいるだろう場所を見やって訊いた。

「で、アイスとエンジュに囮をさせるって言ってたけど……。アイツ等に危険はないのか?」

 おかしそうにくすくすと笑ってラムが訊き返してくる。

「君達は人の心配をするのが好きだね?」

「……そりゃまあな。自分のことは自分で身を守ればいいし、近くにいるヤツを助けることはできる。でも遠くはなれたヤツは、どうしようもないからな」

「ふうん。合理的だね」

「そう聞こえるか?」

 ラムは斜めに小さく何度もうなずいた。友人の炭酸がはいったペットボトルを出来心(できごころ)で軽く振った時のようなうなずき方だった。



「さあて、エンジュくん達が行動を起こす前にブリーフィングでもしておこうか」

 ラムは背負っていた薄いバッグから手早くタブレットを取り出し、画面を表示させた。

 そこには小屋の内部を図式化したものが映っていた。

「いつの間にこんなものを作ってたのか?」

「まあね。好きなんだ、こういう作業」

「まあ、お前って裏方……縁の下の力持ちとか好きそうだもんな」

「気遣いができる人、僕は好きだよ」

 すっと体を寄せてきたので、同じだけ俺は距離を取った。

 ラムは唇を尖らせてくる。

「君はもう少し乙女の好意を素直に受け入れるべきだよ」

「それを|今の(・・)俺にさらっと言えるお前はちょっとだけ尊敬するよ」

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