三章14 『正面突破』

 小屋の前で待っていたエンジュは、俺達が出てくるなりほっと胸を撫で下ろしていた。

「よかった、無事だったか」

「ははっ、心配してくれてたのかい?」

「そりゃそうさ。余計な仕事が増えても、残業代は出ないからね」

 アイスは相変わらずの無表情だが、なぜか俺に近づいてきてぺたぺたと体中触られた。

「な、なんだよ?」

「……怪我してないかと思って」

 アイスも俺の身を案じてくれていたらしい。なんだか胸の内がくすぐったくなった。


「ほっほっほ。仲がいいのはよろしいことですなあ」

 わざわざ音を伸ばすような笑い声が背後からする。

 見やると小屋から仲間を連れてボルトが出てきていた。


「見送りをしてくれるのかい?」

 尋ねるラムに、ボルトは大きく一回うなずく。

「ええまあ。せっかく来てくださった客人でしたのに、気の利いたおもてなしもできませんでしたのでな。せめてお見送りぐらいはと」

「嬉しいよ、ボルトくん。どうやら君とはいい友人になれそうだ」

「そう言っていただけるとありがたいですな」

 ラムはにこやかな笑みを浮かべてボルトへと手を差し出した。彼も応えるように手を握り返す。形式に則(のっと)ったきれいな握手だった。お互いに握手をし慣れており、それゆえに歯車がきっちりと噛みあった――という感じだった。

 手を離した二人は鏡の前で練習したかのような笑みを向け合う。

「今度は手土産(てみやげ)の一つでも持って来るよ」

「楽しみにしておりますぞ」


 ラムはボルトに背を向け、手振りで行こうと合図を送ってきた。

 俺達は車に乗り込み、聖霊領域の中へと走り出した。




 リアガラスから見える小屋とボルト達が小さくなっていく。

「どうだったんだい?」

 いつもよりかなりゆっくりと走らせながら、エンジュはラムに問うた。

 彼女はルームミラーの中で芝居がかったように肩を竦(すく)めて言った。

「黒だね。十中八九」

「そうなのか? 俺は何も気付かなかったけど……」

 と言うと、ラムはきゅっと唇の端を持ち上げて笑った。

「ソアラくんは探偵には向いていないようだね」

「まあ、浮気調査とか迷子の猫を探したりなんてことはできる限りしたくない」

「君は気付かなかったかもしれないけど、アイツ等は僕がカーペットを調べる時だけはかなり神経質になってるようだった。おそらくあの下に何かあるんだろうね」


「それだけの理由で?」

「それだけとは言うけどね、実際小屋の中にカーペットがあるのは不自然なんだよ」

 そう言ってラムはこちらを見やり、足元を指差してきた。

「僕達は小屋に土足で入ったんだよ。それは彼等も同じだ。日本じゃ土足で過ごす場所に、普通はカーペットなんて敷かない。洗濯が面倒だし、不衛生な感じがするからね」

「……確かにそうだな」

「さすが理解が早いね」

 俺は笑みを作ろうとしたが湧いてきた感情が邪魔をしてきて無理だったので、一回うなずいてみせるだけにとどめた。


「アイツ等が黒だとして、どうするんだい?」

「カーペットの下ってことは地下だ。あの探偵小説の短編みたいに穴を掘っていくのも面白いと思うんだけど……」

「そりゃ現実的じゃないね。時間と手間がかかりすぎる」

「わかってるさ」

 ラムは俺とアイスとを交互に見やってきた。

「身機で乗り込むのはどうだろうか?」

「バカ言うなよ。もしも小屋の地下にティアがいるなら、身機の重量のせいで地面が崩れたりしたらどうする?」

 俺の反論に「もっともだね」とラムは首を竦めた。


「……となると、取れる作戦は一つしかないね」

「なんだい、その作戦ってのは?」

「決まってるじゃないか」


 シャドー・ボクシングでもしているかのように拳を真っ直ぐに突き出しラムは言った。

「正面突破だよ」

「……ずいぶん脳筋(のうきん)な発想だな?」

「いいじゃないか、あたしは好きだよ。そういうシンプルなヤツ」

「まあ、エンジュはそうだろうけど」

「どういう意味だい、それ?」

 エンジュはアクセルを緩めることなくこちらを振り返ってくる。睨みつけられるのは別に構わないが……。

「ちょっ、前見て運転しろよ、前っ!」

「ソアラ、顔真っ青。面白い」

「この状況でよくそんな余裕ぶっこいたこと言えるな!?」

 周囲を田んぼに囲まれた一本道とはいえ、対向車が来ないとも限らない。肝が冷え込んで縮んでしまいそうだ。


 アイスは顔色一つ変えずにラムに訊いた。

「突入する時に、援護は必要? 今からでもすぐに聖霊領域の人を集めることができると思うけど」

「いや、いいよ。もしかしたら聖霊領域の上層部が主導の陰謀かもしれない」

 その言葉にアイスは眉をひそめた。

 ラムは気にした風もなく鼻歌を歌いだす。


 漂い出した剣呑な空気に耐えられず、俺はすぐエンジュ達に問いかけた。

「な、なあ。軍の戦力を要請したりはできないのか?」

「無理だろうね」

 ラムに先(さき)んじてエンジュが言った。

「どうして?」

「軍は今、あまり表立って動いて目立ちたくないはずだからね。ひょんなことからポテンの失踪を悟られないとも限らない」

「でも、あの小屋の下にティアがいるかもしれないんだぞ」

「まだ推測の段階でしかない。確証が得られたならともかく、憶測だけじゃ動いてくれないだろう」

「……腰の重い連中だな」

 言いつつラムを見やると、彼女は苦笑しながら肩を竦めた。

「慎重なんだよ。軍は拙速(せっそく)なことが嫌いなんだ」

「チキンが過ぎないか?」

「それでも下手に動いた結果、炎上してローストチキンにされるよりはマシなのさ」

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