三章13 『賢い生活術』
老人は人がよさそうに見えたが、背にスナイパーライフルを背負っていた。
「爺さん、趣味はサバゲーか?」
「いいや、狩猟じゃよ、狩猟。遠くに逃げていく獲物をパンッ! と狙うんですな」
わざわざジェスチャーまで実演してくれた。
おそらく獲物は二つ脚で歩くのだろう。あるいは四つ足のマシンかもしれない。いずれにせよ人命を尊(とうと)ぶようには思えない。
エンジュが一歩進み出て、爺さんにいつものどこか投げやりな調子で名乗った。
「あたしはエンジュだ。武鹿地エンジュ」
「ええ、ええ、存じておりますとも。学園エリアで学園長をしてらっしゃるな?」
「そうだ。あんたの名前も教えてもらえるかい?」
「ワシは諏婁迂(するう)ボルト。かつて聖霊領域の戦士として軍と争ったこともある」
「せ、聖霊領域と軍の……争い?」
俺が呆気に取られていると、エンジュはため息をついて言った。
「学校で習ってるはずだろう。かつて軍と聖霊領域で争った、学園都市の内乱期。天神どころかあたしが生まれる前の話だけどね」
「懐かしいのう。確か3回目の戦争で十対一の状況で追いつめられた時は、さすがに死を覚悟したわい」
「……軍のお偉方から昔話として聞いたことがあるよ。聖霊領域には野良の凄(すさ)まじい夜叉(やしゃ)がいたって」
「ほっほっほ。軍の輩(やから)はムカつくが、やり合うのは楽しかったのう。結果的には痛み分けに終わってしもうたが、国の横槍が入らねば今頃学園都市を統べてたいのは聖霊領域だったはずですぞ」
「どうだろうね。まあ、そんなことは今はどうでもいいんだ」
ボルトはラムの方を見やって「フン」と鼻を鳴らした。
「軍の犬か」
「犬とは挨拶だね。僕はラム・プログというんだ」
「犬だろうが羊だろうが、どっちでもいい。なんの用だね、聖霊領域に」
「事情は話したくないね」
「そうはいかないだろう。このジイさまが何か情報を握っているかもしれないよ?」
エンジュに言われ、ラムはちょっとばかし考え込んでからボルトに尋ねた。
「……ここに最近、来訪者はいなかったかい?」
「来訪者ですかな?」
「新参者(しんざんもの)さ。あるいは最近、急に金遣いが荒くなったり、水道代やガス代が上がった家とかは?」
「なるほど、尋ね人ですな? 誘拐事件の被害者の」
ボルトはしたり顔で問うてくる。ラムはとってつけたような笑みを浮かべて首を傾げた。
「生憎(あいにく)ですが、ワシは存じませんな」
「そう。じゃあ、念のため小屋の中を見させてもらっても?」
ラムが訊くと、ボルトは僅かに体をのけぞらせて目を丸く見開いた。
「まさか、ワシ等を疑っているのですかな」
ボルトの背後にいる仲間達が眉をひそめ、仲には銃を構えようとしている者さえいた。
それを彼は手で制し、気味が悪いぐらいににこやかな笑顔をラムに向けて言った。
「構いませぬが、お目当ての人物は見つからんと思いますぞ」
「どうだろうね。まあ、見るだけ見てみるよ」
うなずいたボルトは男達を振り返り、手で何か合図を送った。
すぐさま男達は一人を残してドアの両脇に立ち、一人はホテルマンのようにそれを開いた状態でこちらを見やってきた。視線で中に入るよう促してくる。
ラムはエンジュとアイスの方を向いて言った。
「君達は外で待っていてくれ」
「……了解したよ」
「それとソアラくん」
こちらを見やったラムは小首を傾げ、ノベルゲームの差分で用意されているような笑みを浮かべた。
「君は一緒に来てくれるかい?」
「そりゃまあ、いいけど。中に入った途端、背後から一撃を食らっておねんねするような展開は勘弁だぞ」
「大丈夫。君と僕がお互いに背中を預けていれば、きっとね」
「……わかったよ」
俺とラムは並んで男達の間を歩いていき、小屋の中に入った。
室内は広々としており、少し散らかっていた。
カーペットが敷かれた上に机が二台と椅子が並び、床の上には寝袋が戦場の死体のように雑然と転がっている。
壁には戸棚が一つ、電気ストーブが一台と本棚が二台。本棚の前には入りきらなかった本が山を成していた。
浴室とトイレもあった。そういった水回りの場所はきれいに掃除されていた。洗面所も同様だ。
小さなキッチンはあまり使用された形跡がない。
大きめのゴミ箱にはインスタント食品の包装袋や紙皿に紙コップがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
ラムはその一つ一つを現場検証をする捜査官のように入念に調べていった。
その様を周囲から男が冷たい目で眺めてきている。隣にいる俺は冷たい針に情実疲れているような気がして落ち着かなかった。ラムはいたって平然としていたが。
「どうですかな、プログさんとやら。それにお付きの人」
一通り見て終わった頃、それを見計(みはか)らっていたかのようにボルトが話しかけてきた。
「何か気になるものは見つかりましたかな?」
ラムは「そうだね」と呟きしばし間を置いた後、キッチンの方を肩越しに見やって言った。
「料理を作るのは面倒なのはわかるけど、せめてコップぐらいは買った方がいいよ。紙コップ代もかさめばバカにならない出費になる」
「……そうですな。その意見は参考にさせていただきましょう」
「役に立てたようでよかった」
ラムは笑顔でボルトに手を差し出した。
彼はラムの手と顔とを一度見比べるように視線を行き来させた後、その手を取った。
形式的な握手を終え、ラムはボトルに背を向けて小屋の外へと歩いていく。俺も背後の様子を窺いながら彼女の後に続いた。
ボトルはこちらの様子を窺(うかが)うような目を最後まで向けてきていた。
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