三章12 『嘘はいつか誠になるか?』
「本当にアイスくんはティア姫を攫った犯人に心当たりがあるのかい?」
エンジュの車の中、助手席に座っているラムが振り返って尋ねた。
アイスは鋭い目つきで彼女を見返して言った。
「疑うなら降りればいい」
「そういうわけじゃないけどさ。ただの確認だよ、確認」
ごまかしの意図が透けて見える笑みを浮かべるラム。
アイスは軽く鼻から息を漏らし、流れるビル街の景色を車窓から眺めやり、先を続けた。
「……真相に辿り着ける確証はないし、手掛かりを得られるとも限らない。ただ可能性があるだけ」
「まあ、それでもありがたいよ。なにせ軍は秘匿(ひとく)して独力(どくりょく)での解決を目指しているにもかかわらず、手詰(てづ)まりになってるんだ」
「……取り返しのつかない失敗をしたいたずらっ子みたい」
「返す言葉もない」
ラムは前へ向き直って肩を竦めた。
前方の信号が赤に切り替わり、車が前につんのめりそうになりながらも急停車する。口を開いてたら舌をかんでしまいそうだ。
「軍の上層部が隠蔽体質なのはあたしも知ってるけどさ、さすがに今回ばかりはマズくないかい? バレたらルーファだけじゃなくて、世界中を敵に回すことになるよ?」
「僕だってさっさと公表して、皆で協力して解決すべきだと思ってるんだよ。でも上層部は失敗を認めたくないんだ」
「たとえ救出に成功しても、どうせティア自身の口からことの一部始終が漏れるだろ?」
「バレるにしてもタイミングってものがある。ことが最悪の状態か、解決した後かで印象が変わるだろ?」
「……そうか?」
「それにティア姫に、秘密にしてもらえば事件はなかったことになる」
「どういうことだ、それ?」
声が冷ややかなものへ変(へん)じたのが自分でもわかった。
ラムは薄っぺらい笑みを浮かべて弁明する。
「誤解しないでくれ。別に乱暴なことをしたりはしないよ。ただお願いするだけだ」
「お願い……?」
ラムは「たとえば……」と呟いた後(のち)、しばし無言で視線を彷徨(さまよ)わせてから再び口を開いた。
「そう、取引とかね」
「ティアがなんで軍と取引なんか……」
「いいや、今は格好の材料があるじゃないか
ラムの視線が再度俺へと向けられる。
「君達は軍に入ろうとしたが、ティア姫に呪力がないせいで試験は失格になった。それを撤回して軍に入れる――と言えば、取引が成立すると思わないかい?」
「……ずいぶん汚いやり口だな?」
「なんとでも言えばいいさ」
ラムは一定のリズムでダッシュボードを叩いた。その微(かす)かな音が静まり返った車内に響く。
「いくら汚いことをしても、露見(ろけん)しなければ問題ない」
「嘘はいつかバレるぞ」
「いいや。嘘のいくつかはそのまま積もる時に埋もれて朽(く)ちるものさ。まあ、露見するものもあるだろうけど、それは大抵微々(びび)たるものだ。致命傷になりうる秘密は念入りに深い穴を掘って埋めるからね」
「鼻の利(き)く犬はどこにもいるもんだぞ?」
「その犬を発見する犬を軍は飼ってるからね」
再び訪れた沈黙は、どこかジリジリと燃ゆる火の臭いが漂ってきそうなものだった。
ラムは「ふう」と声に出してため息を吐いた。
「君はどうも嘘を毛嫌いしているようだ」
「嘘や隠しごとってのは、後ろめたいことがあるヤツがやるもんだ」
「でもこの日本が平和だという幻想(・・)を国民が信じ込めているのは、お偉方がついているたくさんの嘘のおかげなんだよ。もしも全てが公表されたら、日本国民の枕の高さは平均三センチぐらいは低くなるね」
「……それはもう座布団だろ」
「この前、面白い実験をある大学がしていたよ。そのレポートによると日本人は座布団があると、ない時に比べて正座をする人の割合が多くなるっていうんだ」
「誰も胡坐(あぐら)をかけなくなるってことかい? ハハハッ、そりゃかえっていい世界かもしれないね」
笑い声を上げて、エンジュがアクセルを思い切り踏み込んだ。
ロケットスタートを決めた車が唸(うな)り声のような走行音を夜の街へ響かせた。
〇
聖霊領域の境目(さかいめ)に着くと、前にはなかった小屋が境目にあった。
「止まって」
アイスに言われてエンジュはブレーキをかける。
悲鳴じみた音をタイヤから立てて車は止まる。
「こりゃなんだい?」
「検問所(けんもんじょ)。無断で通り過ぎようとすると、タイヤに銃弾を撃ち込まれる」
「……自衛意識があるのはいいことだけど」
エンジュはラムのほうをちらと見やる。彼女は肩を竦めてかぶりを振った。
「軍はそんな申請を受けてない。聖霊領域の独断さ」
「やれやれ。もう少しお互いに歩み寄る努力をしたらどうだい?」
「そうだね。この一件が片付いたら、菓子折りを持参して統領のところへ顔色を窺(うかが)いに行ってみようかな」
「……きっと、ぶぶづけを出される」
「ここはいつから京都になったんだい……」
エンジュは顔をしかめて額を押さえていた。どうやら本気で困っているようだった。おそらく聖霊領域と軍の仲裁は彼女が一手に引き受けているのだろう。
少し気の毒ではあったが、でもたまにはいい薬になるだろうと愉快でもあった。
車を降りると、聖霊領域の――というよりこの辺(あた)りに代々伝わっている伝統の着物を身にまとった男達が小屋から出てきた。
その中で禿頭に立派な白髭を生やした老人――年の割に真っ直ぐに伸びた背筋から何か武道でもやってるのかと察せられた――がにこやかに話しかけてきた。
「ほっほっほ。ようこそ皆さん、聖霊領域へ」
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