三章11 『軍の失態』
「てっきり僕は、すでにソアラくんには知らせが行ってると思ってたんだよ」
こちらに向き直ったラムは、どこか諦観と恨みがましさの混じったような顔をしていた。
「だから最初、ティア姫のことを聞かれた時にイヤな予感がしたんだ。こういう話になって説明の役割を僕が担(にな)うことになるんだろうなって……」
「……まさかティアは、もう国に帰ったのか?」
「いや、それだったらあたしにも連絡が来てるはずだ」
エンジュは探るような目をラムへ向けた。
「……プログ。あんた、一体何を隠してるんだい?」
エンジュの質問を受け、ラムは額を押さえてため息を吐いた。
それからしばし沈黙した後、彼女はぐるっと俺達を見回して言った。
「一つ約束してくれ。ここで聞いたことは、決して口外しないと」
「……軍の機密情報ってことか?」
「ああ。軍の中でも一部の人間しか知らない、極秘情報だよ」
すっと場の気温が一気に下がった気がした。
ラムは今まで見たことのない、真剣な表情をしていた。
俺達は誰からともなくうなずいていた。
それを確認した彼女は一度深く息を吐き出し、声のトーンをやや落として話し始めた。
「最初に結論を述べよう。――ティア姫が6日前から行方をくらました」
「なっ、なんだよそれッ……!?」
俺は思わず身を乗り出して叫んでいた。
「落ち着きな」
制するようにエンジュが手をつき出してきて、座るように促してくる。
「今は黙ってラムの話を聞くんだ」
「でもっ……!」
「いいから」
なおも食い下がろうとして、気付いた。
エンジュのもう一方の手は固く握りしめられて、震えていた。
そうだ、エンジュだってティアとずっと一緒にいたんだ――俺よりもずっと長い時間。
きっと彼女も動揺しているのだ。それでもなお、自身の憤りや驚きを押し殺して話に耳を傾けることに専念している。それがティアの現状を知る唯一の方法だから――。
俺は自身の気を落ち着けてソファに腰を下ろした。
それを見て取ったエンジュは、ラムの方へ視線を投げかけた。
彼女はうなずき、何事もなかったように話を再開した。
「いなくなったのは検査入院の最中だ。6日前になぜか10分ほど病棟の監視カメラや防犯装置が停止した。ちょっとした騒ぎになってたらしいけど、ソアラくんは知ってるかい?」
「え? あー……、確かそんなことがあったような……」
「聞いても無駄さ」
エンジュが肩を竦めて苦笑気味に言った。
「天神は入院中、説明された自分の様態も記憶できないぐらいの放心状態だったみたいだからねえ」
「へえ。それは重症だね」
「う、うるさいな……」
ラムはくすくすと笑いを漏らし、話を続けた。
「防犯設備が復旧してすぐ、ティア姫がいなくなっていることが判明した。防犯対策班は軍に連絡してきた。お偉方は入院患者に悟られぬよう注意を払って病院の屋内外の調査を対策班に命じた。衛星まで使った大掛かりな捜索だ」
「……でも、ティアは見つからなかった?」
「ああ。ただ病院から抜け出しただけなら、あれだけ大掛かりな捜索をすればすぐに見つかるはずだ。でも足跡一つすら発見されなかった」
軍といえば、学園都市最大の組織だ。
軍事力では当然警察よりも優(すぐ)れており、また調査力の面でも学園都市内に限っては勝(まさ)っているはずだ。
そんな彼等でも、ロクに手掛かりを見つけることができなかったというのだ。
「……どういうことだ?」
「考えられる可能性は二つだね」
エンジュは手に持ったグラスの中で揺れる赤ワインを見やりながら言った。
「ルーファアイランドの女王様か、要人がなんらかの理由でポテンを呼び戻す必要ができて日本には――少なくとも学園都市には――無断で連れ出した」
ワインからラムへと目を移し、エンジュはどこか決めつけたような調子で尋ねた。
「でもそれぐらいのことは、軍の方で調べがついてるんじゃないかい?」
ラムはすぐさま「もちろん」と一回うなずいた。
「ルーファは関与していない。さすがに帰国していれば連絡が来るし、そもそもそういった火球の用件があるのなら正直に話してくれれば、求めに応じるはずだよ」
エンジュが「となれば……」と少し考え込んでから言った。
「正体不明の何者かが、ティアを攫(さら)った可能性が濃厚になるわけだ」
「考えたくはないけど、そうなるね」
頭の中に氷柱(つらら)でも突き立てられたかのように、頭頂部から足のつま先に至るまで全身が冷え切っていく。
「……ま、まさか、あの夜に襲ってきたヤツが……」
「どうだろうね」
エンジュは眉をしかめ、頭を軽く掻いて首を傾げた。
「最初あんなずさんな計画を立ててたヤツ等が、軍を欺(あざむ)くようなことをやってのけるかねえ?」
「第三者だとしても、納得しかねるね。わざわざ軍の保護下に入ったタイミングでわざわざ狙うなんて、リスキーすぎやしないかい?」
エンジュとラムは顔を見合わせ、そろってかぶりを振った。
俺もどちらの意見にも疑問を差し込む余地が見つけられず、かといって自分では何も思いつけず口を閉ざした。
全員が沈黙した、その時。
「――もしかしたら」
唐突にアイスが口を開き、独り言でも呟くように言った。
「わたし、犯人を知ってるかもしれない」
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