三章10 『ラムの呟き』
昼休みにも来た学園長室に俺はいた。
いや、今は俺とエンジュ以外にもアイスともう一人。
「来てくれると思ってたよ、二人共」
どこかいけ好かない気取った笑みを浮かべたラムがいた。
「……お前、どうしてここに?」
「ふふふ。僕がいるってことは、どういう話になるかわかってるんじゃないかい?」
俺の脳裏にあることが思い浮かび、反射的に勢い込んで訊いていた。
「ま、まさか……ティアのことか!?」
ラムはちょっと目を逸らし、気まずそうにかぶりを振った。
「いや……。残念だけど、そうじゃない」
「……そうか」
すっかり気分が落ち込んでしまったのが、自分でもわかった。
エンジュは紅い液体に満たされたボトルをガツンと音を立てて机に置き、ソファにどかりと腰を下ろした。
「そんなしけた空気になるな。今日はプログがめでたい話を持ってきてくれたんだからな」
「めでたい話……っていうと?」
俺が問うと、エンジュはニヤッと笑った。
「まあ、それは後でいいだろ。とりあえず先に祝杯でもあげようじゃないか」
「どう考えても順番逆だろ……」
エンジュはボトルの封を切り、グラスになみなみ注いでこちらに差し出してきた。
「ほら、飲みな」
「いや、これワインだろ? 未成年の俺が飲めるわけないだろ」
「ったく、お堅いヤツだな」
軽く鼻を鳴らしたエンジュはそのグラスを持ち、ぐいっと呷(あお)った。
一気にそれを空(あ)けた彼女は「ぷはー!」っと酒臭いを吐き出した。
「……その飲み方、完全にビールのそれじゃないか?」
「細かいことはいいんだよ、自分さえ気持ちよくなれればな」
「そういうものなのか……?」
「僕はあまり感心しないけどね。そもそもワインというのはまず香りを楽しんでから……」
「あーはいはい。わかった、わかったって。大体、あんたも未成年だろ? どうしてそういう説教をするかね?」
「ふふっ、さあてどうしてだろうね?」
無駄に意味深な笑みを浮かべるラム。エンジュはしばしうさんくさそうに目をすがめていたが、やがて興味を失ったように肩を竦(すく)めた。
「まあいい。じゃあさくっと本題の方を片付けるかね」
「そうさくっと済まされると、僕の方としては複雑な心境になるんだけど……」
「……もしかして用件って、軍のこと?」
アイスの表情が硬(かた)いものに変わる。
ラムは彼女に笑いかけて、親愛の情を努(つと)めて込めたような声で言う。
「そう身構えなくてもいい」
「でも……」
警戒心をあらわにしたままのアイス。
今更俺は思い出した。
「ああ……、そういえば聖霊領域と軍って仲が悪いんだったっけ?」
「そう。軍は聖霊を管理しようとしてる……。敬(うやま)いの心もなく」
「まさか。ただ人々のために有効活用しようとしてるだけさ」
……ぶっちゃけ聖霊のことなんて何も知らない俺からしたら、蚊帳(かや)の外。よくわからない話題である。
ただ一つ、気にかかることがある。
「そんな軍が、どうして仲の悪いはずのアイスにも話があるんだよ?」
「正確には、天神と愛洲の二人だ」
エンジュは顎でしゃくってラムに話すよう促す。彼女は微笑を浮かべてゆったりした所作でうなずいた後に、口を開いた。
「単刀直入に言うと、軍は君達に協力を求めているんだ」
「協力……?」
「ああ、そうさ。先日の聖霊領域で敵を撃退した腕を見込んでだ」
「……なるほど、戦力としてか」
「そういうことだ。どうかな?」
ラムは手を広げて俺とアイスとを交互に見やってくる。
俺は思わず唇をかみ、じっとラムを見やって訊いた。
「……言いたいことはわかった」
「じゃあ」
「だがまだ訊きたいことがある」
ラムはぱちぱちと瞬きを繰り返す。まるで心当たりの無さそうな感じに頭に血が上りかけたが、一度深呼吸をしてどうにか気持ちを落ち着ける。
「ラムは知ってると思うが、俺は一度軍には不採用って告げられてるんだ」
「……ああ、ソアラくんとティア姫が来た時のことだね」
「そうだ。なのに今度はスカウトと来た。この手の平返しを受けて、俺が「はい喜んで」って了承したらバカみたいだと思わないか?」
俺の意思がわかったのだろう。
ラムはちょっとばかし考え込むように顎を撫でてから、慎重な口調で言ってきた。
「君の言いたいことはわかるよ。でも、今は軍は深刻な戦力不足に悩まされてるんだ。ここは一つ、学園都市を守るために力を貸してもらえないかな?」
「……お前、軍の人間だよな?」
「ん? まあ、そうだけど」
俺は唾を飲みこみ、じっと彼女を見据えて訊いた。
「だったら、知ってるんだろう?」
「何をかな?」
「決まってるだろ。……ティアの居場所だよ」
エンジュは目を丸くし、ラムは相変わらずの気に食わない笑みを浮かべ続けていた。
向かいの席に座る二人を見やり、俺は繰り返し訊く。
「この質問に満足の行く答えをくれたら、少なくとも|俺は(・・)了承する」
言いつつアイスの様子を窺ったが、彼女は相も変わらぬ無表情でぼうとしているように見えた。実際どうなのかは知らないが。
「どうなんだよ、ラム?」
彼女は前髪をつまみ、それをじっと見つめようにして、ふっと息を吐き出すような感じで笑った。
「どうして僕なら知ってると思うんだい?」
「エンジュが関われないよう、軍側が圧力をかけたんだろう?」
「なるほどね……」
ラムは二度うなずき、ソファに深く腰掛け天井を仰いだ。
「……まったく、お偉方もイヤな役目を押し付けてくれたもんだ」
そうぽつりと、彼女は漏らした。
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