一章13 『バカとスピード狂は死ななきゃ治らない』
夜の街にやかましい騒音が響き渡る。
それ等の音を列挙してみると。
1・エンジンによる、馬のいななきを野太くしたかのような唸り声。
2・タイヤが地面を擦る悲鳴じみたもの。
3・運転手であるエンジュの興奮による雄叫び。
4・俺の口から絶えず漏れる真なる悲鳴。
5・周囲の車のブレーキ音&クラックション。
6・および、その運転手の怒鳴り声。
7・追いかけてくるパトカーのサイレン。
他にも色々とあるのかもしれないが、絶賛三半規管を滅茶苦茶にされている俺が感知できたのは以上の7つである。
どこぞのショタ探偵が言うように、真実は一つ――すなわち連鎖して起きるパニックは大体の場合、元凶たるものが存在するのである。
今回は運悪く、というか必然的にと言えるかもしれないが、その犯人が間近にいる。
3の項目でも挙げた、エンジュである。
彼女が運転する車は一般車道を時速200キロ近いスピードで爆走していた。
ちなみに法定速度は40キロ。160キロ近くオーバーしている。
それだけじゃない。
右左折時にはドリフトを多用、周りの車体との接触は恐れず、道が渋滞し通れそうにない時はジャンプ台になりそうなものを利用して宙空(ちゅうくう)を突き抜け車列を飛び越していく。
交通法に真っ向からケンカを売るような運転をしているのだ、当然警察も黙っておられず違法者をとっ捕まえるべく、正義の象徴である紅き光を灯して颯爽(さっそう)と登場した。
しかしエンジュは微塵(みじん)も国家権力を有する彼等を恐れず、逆に運転の荒さがさらに悪化していった。警察もチェイスの訓練は詰んでいるのだろうが、いかんせん相手が悪すぎる。
むしろパトカーのサイレンでモーゼが海で起こした奇跡のごとく道が開くので、かえってエンジュには好都合だ。
後ろを振り返る余裕はないが、サイレンの音はどんどん離れていってる。
「アーッハッハッハ!! 歯ごたえがないねえ、その桜の代紋は偽物かい?」
「うぉおおおおおおおおおおおっ!? も、もっとスピード落とせよ!?」
「バカ言ってんじゃないよ、今速度を落としたら警察のヤツ等に捕まっちまうだろ?」
「だ、だけどこのスピードは人体が適応できるようなものじゃないって……」
「風と一つになりな。そうすりゃその内、このスピードが心地よくなってくるからさ」
「なりたくないけどな!? そんな異常な感性なんざクーリングオフしてやるってーの!」
俺の抗議は暖簾(のれん)に腕押し、いや馬耳東風。だが命が風前の灯火な状況に置かれている以上、やめるわけにはいかない。
いつの間にやら、あの空を刺すようなサイレンが聞こえなくなっていた。
「な、なあ、パトカーはもう撒(ま)いたみたいだし、もうこんな無茶な運転をする必要はないだろ!?」
「バカ言ってんじゃないよ。なおのこと気持ちよく走れるじゃないか」
「さっきと言ってること違うよな!?」
「はぁ、まったくあんたは相変わらず車に乗るとやかましいね」
「気絶しないだけ、成長したと思うが……いや、するべきじゃなかったと思うけどな」
「もう少し愛洲を見習ったらどうだい?」
アイスは模造刀を抱えたまま、ずっとすました顔で俺の隣、後部座席に座っていた。
ちなみに助手席が空なのは、もしも事故って突っ込んだ時に死亡する確率を少しでも減らすための俺のささやかな防衛措置である。
「お前、よくもまあそんな平然としていられるよな……」
「ソアラも、さっきから楽しそう」
「いや、楽しくないからな……」
絶叫マシンで興奮するヤツ等と、同じような心境だと誤解されたのだろうか。
ただあれは命の危険がない、いわば命綱をつけたままスリルを楽しむようなものであり、現状はそんなものなしでバンジージャンプをしているがごとく。
「かっ、帰りは電車かバスかタクシーか歩きで帰るからな!?」
「……こんなに、楽しいのに?」
アイスの言葉に俺は唖然とせざるを得ない」
「おまっ、楽しんでたのかよ……」
「馬より速くて、スリル満点」
スピード狂が、ここにも一人。
「さすが愛衣、わかってんねえ!」
「……いつかわたしも、車運転したい」
「そりゃいい! そん時はあたしが、手取り足取り教えてやるからな」
「ぜっっったいにやめろよ!? 街にいらん被害を増やしてくれるなよ!?」
「押すな押すなのボタン?」
「んなわけねえだろぉッ!?」
今日一番の絶叫が俺の口から迸り出た。
慣れというのは恐ろしいもので、五分も走っていれば大分気分も落ち着いてきた。
「ったく、パトのせいで遠回りすることになっちまったね」
「……安全運転の方が、早かったんじゃないか?」
「結果論を言っても仕方ないだろ」
「反省は成長の母だと思うんだが?」
「……はっ」
一笑に付された。間違ったことを言った覚えはないんだが……。
気を取り直して俺は訊いた。
「聖霊領域まで、あとどれぐらいだ?」
「二分もすれば入るよ」
「……この速さでも二分、か。相変わらず広いなここは」
「そりゃね。色々突っ込みまくって、敷地をバカみたいに広げたから」
「……にしても、聖霊か。そんなもの、本当に存在するのか?
「する」
エンジュより先に、アイスが答えた。
「わたし、毎日会ってた」
「……俺は会ったことないな」
「見える人には見える。そうじゃない人の目には映らない」
「そうかい。まあ、俺には縁のない話だ」
「……かもしれない。でも」
すっとアイスの黒い瞳がこちらを向いた。
「今のソアラは、違うかもしれない」
「……それって、どういう――」
その時、ズドンという爆音と共に地面が揺れた。
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