一章14 『戦力の割り振り』

 視界を覆っていたビルがなくなり、田畑(たはた)や緑の木々に覆われた山など目に優しい光景が広がってくる。

 聖霊領域へと入ったのだ。

 ここは見ての通り田舎じみており、さっきまでいた場所とまったく異なるように見えるが学校の管轄している土地なのだ。




 いつもは長閑(のどか)な空気流れる聖霊領域。

 だが今は、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の様相を呈(てい)していた。


 闇夜に浮かぶ、巨大なシルエット。

 標高千メートルの輝夜山(かぐやざん)の半分近くはある。


 暗くて細部はよく見えないが、どうやら人型らしい。

 どっしりとした体格で、手足も太い。何やら体のあちこちにパイプがあって、そこから蒸気を吹き出している。スチームパンクでも気取ってんだろうか。

 頭部の赤い一つ目が人魂のように怪しく光っている。


 ソイツが人里を踏みつぶし、拳を振り下ろして大地を砕(くだ)いていた。

 地震の影響はアイツだろう。


 アイスは表情に険を浮かべてぽつりと言った。

「……身機」

「おっ、おい、警備隊のヤツは何してんだよ!?」

「ギャーギャー騒ぐな、今訊くから」


 車が急停車する。

 危うく舌を噛むところだった。

「もっと丁寧に運転しろよ……」

「あーもう、ごちゃごちゃと。電話すんだから黙ってな」


 ワイヤレスイヤホンを取り出して耳につけ、ポケットに手を突っ込んで何やら操作しだす。

 しばらくしてエンジュは通話先と話し出した。


「もしもし? あたし、あたし。学園エリアのルーラー。……コラッ、切ろうとすんなよ!?」

 ブチギレるエンジュ。

 通話先のヤツの気持ちはよくわかる。コイツから電話されたら、それだけで気分を害して切りたくなるだろう。出てやっただけでもう褒められるべきだと思う。

 とか考えた瞬間にエンジュのヤツに睨まれた。

 俺はなんでもないと手を振る。コイツ、変なところで鋭いな……。


 フンと鼻を鳴らして、エンジュは通話に戻る。

「ちょっとさ、訊きたいことあんの。今聖霊領域にいんだけどさ、誰も止めようとしてないじゃん? 早く下っ端でもいいから、出動させた方がいいんじゃないの?」

 ラフな感じで提案するエンジュ。大人の世界ってのはもうちょっと親しき中にも礼儀ありみたいな感じだとイメージしていたんだが、そういう幻想はヤツによってことごとく破壊されていく。


 しばらくして。

ルームミラーに映ったエンジュの顔が、さっと青ざめていった。

「は? ……全滅ッ!?」

 その叫びに、俺も唖然としてしまった。

 警備隊といえば、学校内で優秀な成績を収めた者のみが入隊を許される、いわば精鋭中の精鋭である。

「まだ先陣だけで、本体が残ってる? ……って言ったって、警報が鳴ってからまだ二十分も経ってないじゃないか!?」


 そうこうしている間にもデカブツは聖霊領域を荒らしまわっている。

 この都市の技術力をもってすれば景観は元に戻せるだろうが、失われた人命はどうしようもない。


 歯がゆく眺めている所に、突如として十機の身機が登場した。

 デカブツの半分ぐらいの大きさしかないが、それでも数の上では圧倒している。

「あれが、警備隊の本隊か?」

「そうだ」

 エンジュはワイヤレスイヤホンを外し、眉間に皺を寄せて舌打ちした。通話は切られてしまったらしい。


「なんか、やけに少なくないか?」

「別の場所でも事件が起きたんだとよ」

「えっ、警報って鳴ったっけ?」

「あたしは、運転に夢中で気付かなかったな」

 スタホを見やると確かに『〈緊急警報〉危険地域・自然管轄区域 異常事態No:99』という通知が来ていた。エンジュのカオスなドライビングで身体機能が狂っていたせいで、気付かなかったのだろう。


「……マジかよ。二ヶ所同時攻撃か」

「考えたくはないが、計画的な臭いがプンプンするね」

「そっちにも人員が割(さ)かれているせいで、こっちの戦力が少ないのか?」

「だろうね」

 エンジュはハンドルの上で手を重ね、その上に顎を置いてブツブツと呟き始めた。

「10機いるってことは、おそらく20人。警備隊の戦闘員は303人……。先陣に5機いたと仮定するとマイナス30で273人。向こうにも30人割かれていると計算して、残りの人員は243人か」

「なんだよ、そんなに余ってんなら残りも投入して一気に方(かた)をつけりゃいいだろ」


 そう言うとエンジュに「わかってないねえ」とため息を吐かれた。

「もう敵が来ないって保証はどこにもないだろう? 第二の刺客に続いて第三、第四って離れた場所に現れたら、対応できなくなるかもしれない。そうじゃなくたってこれに乗じた別の敵、自然災害みたいなアクシデントが起こる可能性もある」

「そ、そうか……」


「何も考えずに全戦力をつぎ込めるのは、将棋や囲碁みたいに盤面を俯瞰できるゲームで戦況を読み切れた時だけだ。現実じゃあいついかなる時だって、最悪の事態に備えてそれに対処できるよう戦力を温存しておく必要があるんだ。覚えておきな」

「だっ、だけど……。もしもそれでやられちまったら、元も子もないだろ!?」

「ははっ、バカを言いなさんな。警備隊はいわばこの街のエースだ。そう簡単にやられるわけが――」


 ドゥオオンッ!!

 重低音を響かせて、大地が小刻みに波打った。

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