一章10 『勘違いは豊富な知識によって生まれる』

 荷解きは順調に進んでいた。元々荷物も少ないこともあり、予想していたよりも早く終わりそうだった。


 ふと、さっきまで黙々と手伝ってくれていたアイスが首を傾げているのに気付いた。

「どうした?」

「……服」

「ん?」

「服が、ない」


 ……全身の血の気がさっと引いていった。

「あ、あれれ、おっかしーなー。業者の人、運ぶの忘れたのかなー」

 苦し紛れの白々(しらじら)しい演技に、ティアも乗ってくれる。

「そっ、そうですねー。何か手違いがあったのかもですねー」

 二人して調子|外(はず)れの声をそろえて笑う。

 アイスはしばしそんな俺達を見ていたが、やがて視線を手元に戻して荷解きを再開した。


 俺達は密(ひそ)かにほっと胸を撫で下ろした。

 しかし安心するのはまだ早いかもしれない。他にも男だとバレかねないものが荷物に紛れている可能性もある。


 何かあっただろうかと記憶を漁っていると、ティアが慌てふためいた様子でこそこそ声で話しかけてきた。

「て、天神さまっ!」

「な、なんだよ?」

「これっ、アイスさんに見られたらマズいのでは!?」


 見せてきたたものは手持ち式のマッサージマシンだった。マッサージする部分が丸っこくなっててそこが振動することでコリをほぐす、という構造のものだ。

「それ、エンジュのだぞ」

「えっ、所長……? もっ、もしかしてっ!?」

「この前来た時、置き忘れてったんだよ」


「……天神さまはその、所長と……二人でされたんでしょうか?」

 なぜか赤面しているティアの質問に、俺はちょっと違和感を抱きつつも答えた。

「いや、一人でしてたけど」

「一人で……、天神さまのお部屋で」

「ああ。見てたけど、気持ちよさそうだぞ」

「ごっ、ご覧になられていたのですか!?」


 仰天したティアに、こっちの方が驚かせられた。

「ま、まあ、な」

「……所長、なんと大胆な」

「大胆……まあ、やかましく喚(わめ)いてたしな」


「は、はわわ……。所長、興味ないふりしながらも、本当は天神さまのこと……」

「本当、ああいうことは自分の部屋でやってほしいよ」

「そ、そうですよね。所長と天神さまは保護者と児童の関係なんですし……」


「いや、関係とかじゃなくてさ。肩をほぐすのぐらい、自分の部屋でやれってこと」

「……へ、肩ほぐし?」

「ああ。エンジュの声がうるせえぞって、周りの部屋のヤツから苦情が来てな。本当、いい迷惑だったよ」


「……………………」

「ん、どうしたんだ? そんな顔真っ赤にして」

「いっ、いえっ、なんでもありません!」

「いや、でも……」

「本当に、本っっっ当に、なんでもありませんから!」


 ティアらしかぬ絶叫に、俺は思わずビクッと体を跳ねさせてしまった。アイスも無表情の顔を上げてこちらを見てきた。

「……どうしたの?」

「なんでもないですっ。決して、決してマッサージ機をあれな用途の玩具と間違えたりしてませんからぁッ!!」


 あれな用途とはなんだろう。

 その後何度か訊いてみたけど、ティアは「知りません、何も知りません!」と言って教えてくれなかった。


   ●


 夕食を待っている間、部屋には俺とアイスの二人きりだった。

 彼女は俺が貸した本を読んでいる。侍が姫と恋に落ちて駆け落ちし、迫り来る追手を退け逃げ延びるという、歴史小説と純愛物をセットにしたような物語だ。

 なぜそれを貸したのかとういうと、元の性別がバレにくそうなものを厳選した結果、もっとも適したものだと思ったからだ。


「……面白いか?」

「うん。ワクワク」

「おう、よかった」

「千兵衛(せんべえ)、カッコイイ」


 アイスは立ち上がり、刀を抜いて棒読み口調で演じた。

「我が恋路を阻む者、この斬天丸(ざんてんまる)の錆にしてくれよう」

「ちょっ、まっ、室内で刀を振り回すなよ」

「模造刀」

「えっ……あ、そうなのか?」


 アイスはうなずき、斬天丸をひょいと放ってきた。

 反射的に受け取ったそれは、確かに想像していたよりもずっと軽かった。

 軟(やわ)な金属にメッキをして、それっぽく見せかけているだけのようだ。


「……いやまあ、そうだよな。一般人は基本的に銃刀の類の所持を禁止されてるしな」

「違う」

 ゆるりとアイスは首を振った。

「違う……って、何がだ?」


「わたしは刀を持てる」

「それって、所持できるってことか?」

 アイスは当然のようにうなずく。

 つまり彼女は、刀を所持できるぐらい上位の立場にいる人間ということだ。


「お前……何者だ?」

 アイスは俺の手から斬天丸を取り、鞘に納めて言った。

「聖霊領域の次期統領」

「次期統領だって!?」

 俺が叫んだと同時に、部屋のドアがゆっくりと開いた。

「……どっ、どうされたんですか?」

 おっかなびっくり、ティアが顔を覗かせる。


 俺は「いや、アイスが……」と言いかけて口をつぐんだ。勝手に人に漏らしていいものか自信が持てなかったのだ。

 アイスの方を見やると、彼女は僅かに目を細めた。

「ソアラはやっぱり優しい」

「それって、どういう……」


 訊きかけたが、先にアイスがティアの方を見やっていった。

「わたしは聖霊領域の次期統領。あなた達の懇切丁寧もてなし、深く感謝する」

「ああ、そうだったんですか」

「ってお前、もうちょっと驚けよ!? 未来のエリアルーラーが目の前にいるんだぞ!?」

「天神さまだって将来、学園エリアを統治されるんじゃないんですか?」

「……え?」


 呆ける俺に、きょとんとした表情をティアが返してくる。

「所長の後を継がれるんじゃないんですか?」

「エンジュのか? いや、そんな話は聞いてないけど……」


 エンジュの名前を耳にしたアイスが、心持ち目を見開いて訊いてきた。

「学校エリアのルーラーの関係者?」

「ああ。エンジュは保護者だ」

「子供。……ん?」


 ティアは表情を一ミリも動かさず首を傾げた。

「ここのルーラーの子供は、男だって事前に聞いた」

 ギクゥッ! 体が刺々しくなるぐらい毛が逆立った。

「お、俺は隠し子的な存在なんだよ!」

「そ、そうです。一般的には秘匿されているので、アイスさんも口外しないでいただけるとありがたいです」


 アイスはしばらく俺を眺めた後、無言でうなずいた。

 俺は安堵のため息を吐いたが、いつまでもごまかしきれないなと危機感を覚え始めていた。

 ……早いとこ、出て行ってもらった方がいいかもしれない。夕食の後にも切りだそうと心に決めた。

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