一章11 『裸のお付き合い』
頬の落ちる夕食を追えた後、ティアは脱衣所から俺をこっそり呼んだ。
なんだろうと行ってみると彼女は手にパジャマと下着を抱いており、それを両手で差し出してきた。
「こちら、今日の天神さまの寝間着になります。どうぞ」
「おお、ありがとう。でもいつの間に?」
「寮長さんに言って、譲ってもらったんです。この寮はそういった生活用品を保管しているので。天神さまも何か入用なものがあれば、お聞きしてみるといいですよ」
「わかったよ。色々と世話になってすまないな」
「いえいえ。ではわたくしは用事がありますので、ちょっと出かけてきますね」
「出かけるって、どこに?」
「所長に直接会って、お話することがあるんです」
「……こき使われてるなあ。同情するよ」
「別にそうでもないですよ。何かお伝えすることはありますか?」
「うーん、特にこれと言って……」
しばし考え込んだ後、おれはぽんと手を打って言った。
「そうだ、エンジュの部屋の鍵をこっそり持ってきてくれ」
「え、か、鍵? なぜでしょうか?」
「アイツ、俺が寝てる間に鼻をつまんで遊びやがったからな。その仕返しをしてやらにゃならん」
「あ、ああ……。さすがにそれはちょっと、気が引けてしまいます」
「……そうか」
「そ、そんながっかりなさらないでも」
「あはは、冗談だよ。まあ、そうだな。俺の衣類関係を用意して送ってくれ、って頼んでくれないか?」
「はい、お任せください。しっかりお伝えしておきますね」
ティアはぐっと両拳を握って揚々と脱衣所を出て行った。
さて俺は風呂に入るかと、制服を脱いだ。
スカーフを解く瞬間、なぜかすごくドキドキした。
これ、ティアに結んでもらったんだよな……。
その瞬間を思い出すだけでも、かあっと顔が熱くなってくる。
トップスを脱ぐと、小ぶりな胸。水色のブラジャーを取ると、それが露わになる。
……いいんだろうか、直に見ても。
悩みに悩んだ後、俺は決断した。
いいに決まってるじゃないか。むしろ見るべきである。だって自分の体なんだから。
日々、己が体の成長を確認する。それは思春期の男女ならば当然のことである。
ということで、俺は背中に手を回してブラジャーを取り、頭の中で「いっせーのせ!」と唱えて自分の胸を見下ろした。
……想像していたよりは、あまり衝撃はなかった。
それはごく普通の、小ぶりな胸だと目に映った。
異性の体、しかも普段は隠されている禁断の場所である。
なんか我ながらあっさりしてるなあと思いながら、スカートとパンツも脱いだ。
己(おの)が裸体を鏡に映してみる。
裸の少女がこちらを見ていた。
やっぱり男の体とは違う。
肌は白いし、輪郭はやや丸っこい。それに股間のあれもない。すっきりしている。
でも特に感動はない。
脳がこれは自分の体だからとインプットしていて、快感物質の分泌を渋っているのかもしれない。
女体化してもこんなものかと、ちょっとがっかりした。
まさかいつか女の子じゃなくて、男子に興奮するようになるんじゃないだろうな?
乙女ゲームをしながら身悶える自分……。
浮かんだ妄想にぶるっと身震いしてしまった。
いつまでもこうしていたって仕方ない。
身体を洗っている内に、男の感覚を思い出せるようになるかもしれない。
ガラス戸を開き、俺は浴室に入った。
浴室だけは男子寮とまったく同じだった。だけどここに毎日ティアが入ってるんだと思うと少し違って見える。ふんわり甘い匂いさえ感じる気がする。
意味もなくドキドキしてきた。自分の体は何も思わないのに、どうしてティアには……。
ひとまず体を洗おうと、椅子に腰かけて気付いた。
……ボディタオルをもらっていない。
髪は別にいいが……。これって自分の身体も手で洗えってことか?
ブロンドヘアを洗いながら考える。男の頃なら、ボディタオルがない状況なら洗わなかっただろう。男性の体というのは、無意識の内に手で触れるのは汚いものだと思い込んでいたからかもしれない。臭いし、毛深いし、手で触っていて気持ちのいいものではない。
けれども今は、女性の身体である。滑らかでぷにぷにしていて、触れ心地がいい。これなら素手で洗うのもやぶさかではない。
昨日よりも丁寧に洗った髪を湯ですすぐ。なんだか自分の体が少し上等になったみたいで面白い。
いよいよ、体を洗う時だ。
俺は少し緊張しながら手にボディソープをつけた。
泡立てて、ひとまず肘(ひじ)をすっと撫でていく。
白くなっていく。ふわふわした泡が肌を覆い、キラキラ輝く。
いつもはなんとも思わないが、今日はやけに気持ちがいい。体がきれいになっていってるっていう感じがする。
優しく、肌をいたわるように、丁寧に。ボディタオルで乱暴に急いて洗っていた男の時よりもなんだか楽しい。
女の子がお風呂を好きになるのがわかる気がした。
今も自分の体を見ても興奮はしない。けれども、眺めていると心が安らかになっている気がした。あんなにも鬱陶しいと思っていた鏡が、今はイヤではない。
首を洗い、耳の後ろを軽くこすり、肩から脇にかけて手を往復させる。
おへその辺りを両手で円を描くように撫でる。
それからいよいよ、胸である。
見下ろすと熟した桃のような膨らみ。ここに今から触れるのだと思うと、さすがにちょっと緊張して頬が赤らんだ。
しかしこのままじっとしていては風邪をひいてしまうと思い、意を決して取り掛かる。
包み込むように手をかぶせる。他の場所よりも柔からかくて、ちょっとドキッとする。
乱れそうな呼吸をどうにか落ち着けて、揉むように洗っていく。
谷間もないような小ささだが、手も男の時より縮んでいるのでギリギリ収まらない。
なぜかここは念入りにきれいにしなければという使命感に駆られ、つい夢中になって洗っていた。
だから気付かなかった。背後でがらっとドアの音が開くまで。
「えっ……!?」
冷や水を打たれたかのように、びくっと己(おの)が体が跳ねた。
しばし硬直していたが、一向に何も変化が起きないので恐る恐る背後を見やった。
振り返った先、磁石に吸い寄せられるようにアイスと目が合った。
お互いに一糸纏わぬ裸体。アイスのスマートな体が惜しげもなく目の前に。
かぽーんという音が聞こえた気がした。
俺の手は、しっかりと胸をつかんでいる。
彼女の目がそのへ手へと向けられる。
気まずい沈黙が流れる。
アイスは首を僅かに傾げて訊いてきた。
「……お邪魔だった?」
「え、あ、いやっ、そのっ」
テンパりまくって、上手く言葉が出てこない。
「落ち着いて。深呼吸」
唯々(いい)として従い、どうにか気持ちを落ち着ける。
呼吸が整ってきたところで、俺は訊いた。
「なんでお前、風呂に?」
「一緒に入ろうと思って」
悪びれた様子もない。当然である。だって俺達、女の子同士だから。
「でも、邪魔だった?」
「いやいや、そんなことはない。裸の付き合いって大事だよな、うん」
アイスの目が僅かに見開かれる。
「……裸のお付き合い」
「そう、裸の付き合いだ」
またもや沈黙。
アイスの目が自分の体と、俺の方へと交互に行き来する。
彼女の白い喉が軽く上下した。
浴室の床をぴちゃぴちゃと踏みしめて歩んできたアイスは俺の手を取り、言った。
「……お手柔らかに」
「へっ……?」
そのまま、自分の胸へ触れさせようとする。
「ちょっ、まっ、お前、何を!?」
アイスは不思議そうに首を傾げて言った。
「裸のお付き合い」
「いっ、いやいや!? ちっ、ちがっ――そういう意味じゃなァアアアアアいッ!!」
俺の叫び声は浴室の構造も相まって、至極反響した。
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