一章4 『プロポーズ?』
「で、だ」
俺が話し始めたところへ「でとは?」とエンジュが出鼻をくじいてくる。
どうにか怒りを引っ込めて切り返した。
「俺を女にした理由だよ。どうせ戻す気がないんだろうから、説明する義務ぐらいはあると思うが?」
「ほう、戻せとは言わないんだな?」
「言うと思うか?」
無言で俺たちは視線を交わす。
やがてエンジュはため息を吐いた。
「そういえばお前は、そういうヤツだったな」
俺は心持ちいつもより柔らかな表情筋を動かし、笑みを浮かべて言った。
「この地上に可愛い女の子が一人増えるなら、どんなことが起きたって俺は構わない」
「自分が女体化してもか?」
「あたぼうよ」
返事を聞いたエンジュは苦笑し、ティアに言った。
「な? こういうヤツなんだよ」
「……なかなか独特な感性をお持ちの方ですね」
興味深そうにティアはこちらを見やってくる。軽蔑や嫌悪されている、といった様子ではなさそうだ。少しほっとした。
「さて。天神、ひとつ訊きたいことがある」
「なんだよ? ってか、まだ性転換した理由を聞いてないぞ?」
「いいから。あたしの質問に答えたら、教えてやる」
ここでごねても、話が長引くだけだ。それは面倒なうえに、精神的な疲労が半端ない。かてて加えて、エンジュに口で勝てる見込みは限りなく低い。
仕方なく俺はうなずいた。
「わかったよ」
「聞きわけがよくて結構だ」
いちいち一言多いのだ、この女は。
睨みを飛ばすも、エンジュは軽く流して話を進めた。
「問いたいのは、ポテンのことだ」
思わず首を傾いだ。
「俺は初対面だし、この子のことだったらエンジュの方が詳しいだろ」
「まあ聞け。天神、お前はポテンのことを見てどう思った?」
「ティアを見て、か?」
疑問符を頭上に浮かべながらも、俺はティアを見やった。彼女は気恥ずかしそうに少し視線を外した。
小柄ながらも、西洋の血によるものか、少し大人びた印象を受ける。可愛さと美しさが絶妙に入り混じった容姿。
一言で主観的な印象を表せば、すごく胸に来る子だ。
ときめきのあまり、心臓が壊れそうな。
抱きしめて頬ずりして、頬へのキスを繰り返して。最後に唇を奪ってしまいたくなるような。
ティアはぱっと見た感じ、そんな魅力的な女の子だ。
性格は物静かで奥ゆかしい。大和撫子的だ。
身も心もこちらの感性をくすぐってくる、まさに可愛い女の子。
ああ、好きだ……!
俺はこの子のことが、大好きだッ……!!
「……て、天神さま、お顔が近いですよ」
「え……? あ、ご、ごめんな」
気が付けば俺は、ティアの間近まで迫ってしまっていた。
俺は慌てて身を引き、ベッドに腰を落ち着けた。
エンジュが額に手をやり、天井を仰いで言った。
「はぁ……。これもダメだったか」
「ダメってなんだよ」
「期待したことが、達成されなかったことについてだよ」
エンジュは近くの丸椅子にどかっと腰を下ろした。
「俺を性転換した目的が、果たされなかったってことか?」
「そういうことだ……」
「一体、何を期待してたんだよ?」
「……ティア、説明頼んだ」
いきなり振られたティアはあふたふたしながらも、話し始めた。
「え、えっとですね。所長は天神さまを女の子にすることで、あなたさまの異性に対する情欲を抑えることができるのではないかと、お考えになられたのです」
「情欲……。そういえば気を失ってた時に、俺が興奮することで搭乗者の女の子を苦しめてるみたいなこと言ってたよな?」
「あ、やっぱり意識があったんですね」
「そういやあの時、俺の鼻をつまんで遊んでやがったよな?」
エンジュを睨みやると、彼女はそっぽを向いて口笛を吹いた。
苦笑しつつもティアは続ける。
「情欲がなくなれば過度な興奮もしなくなり、搭乗者の安全も守られる。そうすれば天神さまも身機としてご活躍になることができる、というのが当初の狙いでした」
「……残念だが、俺は今もティアのことめっちゃ可愛いと思ってるぞ」
「そ、そうですか……」
胸の前で手を重ね、頬を染めるティア。
エンジュなんかより、この子の方が天使の名にふさわしい気がする。
「言っておくが、あたしのエンジュは天使じゃなくて落葉高木の方から取られたんだぞ」
「だとしても似合ってないな。あれの花言葉って、幸福とか上品じゃなかったか?」
「なおのこと、あたしにふさわしいじゃないか」
「はあ? 寝言は寝て言えよ。ほら、ベッドもおあつらえ向きにあるぞ」
「そりゃよかった。あんたの定住地にゃ、ぴったりだ」
敵対心をむき出しに、俺たちは睨み合う。
その間に冷や汗塗れの笑顔を浮かべたティアが割って入ってきた。
「あ、あの、これからの、これからのことを話しあいませんか!?」
「これからの……ことって?」
俺が訊くと、ティアは犬が骨に飛びつくような勢いで話し出す。
「天神さまが女の子になられたことで、今まで通りにいかないことが色々とあると思うんです。それをどうするか、というのを……」
「そんなの、男に戻せばいいだけの話だろう」
投げやり口調でエンジュが言う。
「どうせ目的は達せられなかったんだ。ならば男に戻せばいい」
「そう言われて、はいそうですかって従うわけないだろ」
俺はケンカ腰のまま尋ねる。
エンジュは後頭部を掻きながら「はぁああ」とやや大きな息を漏らした。
「別に天神が男だろうが女だろうが、あたしはどっちだって構わない。ただ男がいきなり女になったら、保護者としても学校長としても色々とややこしい手続きをしなくちゃいけないのが面倒なんだよ」
「それぐらいやれよ。ってか、元からそうするつもりだったんじゃないのか?」
「上手くいってれば必要分のモチベを稼げたはずなんだよ」
「このことをSNSで拡散されたいか?」
「そう脅すな。あたしだって大人だし、やるべきことはやるさ」
「やらなくてもいい余計なこともするけどな」
「あんたはいつも一言余計なんだよ」
「お互い様だ」
ふんと鼻を鳴らしたエンジュはポケットから小袋を取り出し、そこから砂糖を絡めた落花生をつまんで、口の中に放った。バリボリと賑やかな咀嚼音(そしゃくおん)が響く。
「なあ、エンジュ」
「……ん?」
「根路は……大丈夫なのか?」
ごくりと喉を軽く上下させた後、エンジュは言った。
「ああ、軽い熱中症だ。あんたより先に目を覚ましたし、検査の結果でも特に重大な異常はみつからなかった」
「……そうか」
薄々わかってはいたが、ちゃんと耳で聞いてほっとした。
「天神、あんたは今日から女子寮で寝な」
「えっ?」
「まさか、女のくせに男子寮に居座るつもりか?」
「ああ、そりゃマズいな。でも女子たちはイヤがらないか?」
エンジュは「天神らしくない心配だ」と鼻で笑って言った。
「問題を起こさない限り、あたしが庇ってやれる。何も心配する必要はない」
「ありがとな」
「素直に礼なんて言うな、気持ち悪い」
「それが保護者の言うことかよ」
はからずもため息が漏れた。
「あの、所長。女子寮に空き部屋ってありましたっけ?」
尋ねてきたティアに、エンジュはニヤニヤ笑って訊き返す。
「あんたの部屋、二人用だったけど一人で使ってるんだろ?」
「え、ま、まさか?」
「別にポテンがイヤなら、別の場所を探すけど」
「い、イヤじゃないです!」
すごい語気強くティアが言い切る。
なんだってんだ?
「ほら、このニブチンまだ気付いてないみたいだよ。ポテンから言ってやんだ」
「わ、わかりました」
ティアが緊張した面持ちでこちらを見やる。
「あのっ、て、天神さま!」
「お、おう」
ただならぬ空気に、自然と背筋が伸びる。
ティアの顔がみるみる赤くなっていく。熱でもあるんじゃないか、そう心配してしまうほどの色の濃さだ。
やがて彼女は大きく息を吸いこみ、力んだ調子で言った。
「わっ、わたくしの部屋で、い、一緒に住んでくれませんか!?」
訪れる静寂。
思わず呆気にとられた俺はぽかんと口を開けていた。
ひゅぅうーという場違いな軽快な音はエンジュの口笛によるものだろう。
顔面を真っ赤にしたティアは、目を固くつむり俯いて立ち尽くしている。
この沈黙は俺が破らねばならない。そう気が付き、俺は訊いた。
「……プロポーズ?」
ティアは弾かれたように顔を上げ、目を大きく見開いて叫んだ。
「ぷっ、ぷっ、ぷっ、プロポーズッ!?」
「いや、だってそんな雰囲気だったし」
「めめめ、滅相もない! ただその、同居にお誘いしただけです!!」
「それも結構な一大事に聞こえるが……」
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