第2話「初デート前夜」
終業後。梓の提案で、会社近くのファミレスで食事をすることになった。
初デートがファミレスだなんて、やはりお子ちゃまだ。
あたしはシーフードドリア、梓はミックスグリルと、各々注文を終えると、梓が言った。
「とりあえず、今週末のお休みにデートをしたいと思います。これからその計画を立てましょう」
「はあ?」
「先輩は行きたいところとかありますか?」
「ちょっと待って。デートの計画って何?」
「えっと、そのままの意味ですけど……」
梓は目をぱちくりとさせた。あたしの言いたいことが分かっていないようだ。
「そういうのは、誘った側がプラン練ってエスコートするものでしょ」
「で、でも、せっかくなら絶対先輩に楽しんでもらいたいですし……こうやって、一緒に考えて色々お話できたら、先輩の好きなものとか分かるかなって……」
気恥ずかしそうにもじもじと俯く姿は、男からしたらいじらしく見えるのかしれないが、あたしはけして騙されない。
「はあ……呆れた。だいたい、初デートがファミレスっていうとこからおかしいのよ。学生じゃないんだから」
「えっ⁉ あの、今ってデートなんですか⁉」
「何よ今さら。付き合ってる同士で食事してんだから、デートでしょ」
梓はいやいやと首を横に振った。
「ち、違います! 今はちょっとおしゃべりするだけで、初デートはもっとちゃんとやりますから! ノーカウントです!」
顔を真っ赤にして否定する。
梓は梓なりに、『ちゃんとしたデート』のビジョンを持っているというわけか。
あれ? ということは、今がデートだと思っていたのは、むしろあたしの方だけということにならない?
そう考えると、変に意識していたみたいで、急に恥ずかしくなってきた。
ここはあくまで冷静に話を逸らすのが得策だ。
「そ、そう? ま、まあ何でもいいわ。それより、週末の話をしましょう」
「は、はい。先輩が特に行きたい所などないようでしたら、水族館なんてどうですか?」
なるほど。初デートの定番だ。大学時代の彼氏とも行った覚えがある。
「いいわよ。他に行きたいとこもないし」
「えっと、じゃあここの水族館はどうですか? 近くにショッピングモールもあるので、お茶したり買い物したりできそうです」
「え、ええ。そこで構わないわ」
それから食事をして、待ち合わせ時間と場所を決めて解散になった。
帰り際、駅のホームで梓が言った。
「あの、珠子先輩。私、先輩みたいに大人なデートは慣れてませんけど、頑張りますから。当日、期待しててください」
「まだ金曜にもなってないわよ」
「えへへ……待ちきれません。あと、ノーカンって言いましたけど、今日のことデートだと思ってくれてたの、嬉しかったです。それって、私のこと恋人だと意識してくれてるからですよね?」
面食らってしまった。
まさか蒸し返されるとは思っていなかった。
可愛い顔して抜け目のない女だ。
「こ、これくらいで喜ばないで。たった2ヶ月なんだから」
「もちろん。今日はノーカンですから。本当の初デートで、先輩のこと2カ月後も恋人にしてみせます。お疲れ様でした!」
梓はペコリと頭を下げ、小走りで改札に消えていった。
その背中は、眩しすぎるくらい期待と、希望に満ちていた。
あーあ……あたしはまた、悪役決定だ。
そして金曜日、つまりデートの前日を迎えた。あたしは今、何を着ていくか悩んでいる。
別に梓相手にオシャレする必要なんてないけど、やっぱりそれなりの格好はして行きたい。あたしにもプライドがあるのだ。
梓は何だかあたしに夢を見ているみたいだ。
梓を絶望させるためにも、あたしはあの子の前ではせいぜい、『憧れの素敵な先輩』を演じてやろうと思う。
(こっちのワンピース……はちょっとガーリーすぎるわね)
悔しいけど、可愛いという要素では、梓には勝てない。
(じゃあこっちのデニム?うーん……カジュアルすぎる気がする)
友達と出かけるくらいの服でいいのは分かっているが、就職してからは同性と出かけることがほとんどない。
元々あたしは女に好かれるタチではないのだ。
「あーーーっ! めんどくさい!」
もう何でもいい。こんなに悩むくらいなら、いっそジャージとかで行って、さっさと幻滅されて振られてしまいたい。
そう思った時、電話が鳴った。梓からだ。
こんな時に一体何の用だろう。
「もしもし?」
「あ、珠子先輩! 良かったあ……ちゃんと出てくれた」
「何? 今忙しいから手短にね」
「えっと、用ってほどじゃないんですけど、ちょっと先輩の声が聞きたくなっちゃって……」
「はあ⁉」
こっちはあんたのせいで悩んでいるっていうのに、浮かれ切った態度に腹が立つ。
「ずいぶん余裕なのね。明日の準備はしなくていいの?」
「ぜ、全然余裕なんかじゃないです! むしろ緊張しすぎて、眠れなさそうで……先輩の声聞いたら、安心するかなって思ったんです」
梓の甘い声が耳をくすぐり、こそばゆくて背中が震えた。
「でもダメですね。先輩の声、すごく綺麗で、余計ドキドキしちゃいました」
梓に連れてこっちまで心臓がバクバクする。
きっと電話越しで、いつもより近くに聞こえるからだ。
そうに違いない。けしてときめいたわけではない。
「ば、バカなこと言ってないで、早く寝なさいよ! 肌荒れした女なんかと歩きたくないんだからね!」
「はい。先輩も、ゆっくり休んでくださいね」
梓はこの上なく優しい、愛おしそうな声で言った。
「明日のデート、楽しみです……」
結局服を決めるのは、電話を切ってから一時間くらいかかった。
全部あの子が甘ったるくて、恥ずかしいことを平気で言うからだ。
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