第43話 くらくら
「傍からちょっと見た程度じゃ、本気かどうかなんてわかりっこない。その感想は、よく見て知った人間にしか持てないものだ」
「…………」
「なんか、追い詰めるみたいな言い方になって悪い」
親しくもない相手、それも女子に対して理詰めで攻め立てるのは悪いことをしているようで、なんとも居心地が悪かった。道中救いを求めるように芦屋に視線を送ったが、彼女は首を横に振って介入を拒否。そりゃこじれるだけだもんな……。
「……小学校が同じなだけ」
「まあ、そんなことだろうとは」
僕より長い付き合いだってことは予測できていた。小学校でくくると最短一年最長六年の範囲の誤差があって面倒だが、一、二年ということはあるまい。不干渉を貫いてきた芦屋が横でぼそっと「幼なじみ」という単語を口にしたので、刺激するなと口の前に人差し指を立てた。
「聞かれてばっかは嫌だから聞き返すけど、香月は結局なんなの?」
「なんなのと言われても……」
「花柳が普通に誰かと喋ってるの、初めて見たんだけど」
「ああ、それ……。いや、時間をかけて慣らした結果というか、腐れ縁というか……」
「ないでしょ。普通に抱き着いてたし」
「色々まちがった接し方をしてきた結果、距離感という距離感が軒並みバグったんだ」
「付き合ってるんだなって思ってたら、今日は芦屋ちゃんといちゃいちゃしてるし」
「すずとは付き合ってないし、芦屋とはいちゃいちゃしてない」
頼むから今だけは否定してくれと芦屋の腕を手の甲で軽く叩く。すると。
「そうね。私と香月くんはお出かけの帰りにキスをして、夜に電話で語らう程度の仲でしかないから」
「おいおい待て待て」
「付き合ってるじゃん」
「一歩手前といったところかしら」
「お願いだから僕抜きで話を進めるな」
「嘘なん?」
「…………」
どこから否定したものかと考え、言うほど否定できる部分が多くないことに気が付く。確かに出かけたし、同意の上ではなかったもののキスはしたし、つい先日に通話したばかりだ。一歩手前というのは主観だから、どういう切り口で攻略すればいいかわからない。
「ひょっとしなくても芦屋ちゃんからぐいぐい来てる感じ?」
「……その感じ」
「え~すご! 球技大会でイイとこ見せて芦屋ちゃんとワンチャン狙ってるヤツ、サッカー部に結構いるのに」
「胃がいてぇー……」
「あ、でもアレか。香月は花柳が好きだから、芦屋ちゃんに迫られて困ってると」
「心臓もいてぇー……」
「まあまあ、こっちの事情に首突っ込むんだから、そっちも多少は苦しんでもらわないと」
「もっともだから反論はしないんだけどさ……」
支払う代価が想像よりもずっと高くて重たい。それに、日陰側に立っている僕とすずは置いといて、人気者の芦屋の恋愛事情が大っぴらになるのは恐ろしかった。別に付き合っているわけではないし、今後そうなる予定もないが、噂になったら収拾がだるい。そうならないのを願うばかりだが、正直最近の様子を見ると、時間の問題にも思えて。
「花柳が好きって決めつけちゃったけど、それにはなんかないの」
「言い返さないんだからそういうことだと思ってくれ。本人もたぶんわかってるし、隠してもな」
「え~うわ~~~。急に男前なこと言い始めてる……。芦屋ちゃんもまた面倒そうなのに狙いつけちゃったね」
「思いのままにならない相手に惹かれる性質で」
「より取り見取りじゃん。羨ましいなぁ~香月」
「代わってくれるなら是非頼みたいね」
人によってはより取り見取りと感じる境遇かもしれないが、今の僕から見ればただの板挟み。もっとポジティブに生まれたかったものだ。
「そういうなら中学の君だって大概だったろ。関わり合いのなかった僕のところにまで多種多様な玉砕報告が届いてたぞ」
「そりゃ部活の女マネやってるとどうしてもそうなっちゃうよ。吊り橋効果じゃないけど、疲れてるとことか苦しいとことかで励ましてもらえるわけだから」
「それわかってて愛嬌振りまいてるんだったらとんでもない魔性の女じゃねーか……」
「しょうがないじゃん。士気をあげるのもあたしの仕事なんだし」
「すげえドライ」
「恋愛が目的なら合コン行ってるよ。わざわざ拘束の多い部活なんかやらない」
暗に、彼女はマネージャー業が好きなのだと告げている。そこに色恋を持ち込む気はないと。
それは崇高な心意気だと思うが、知らずに散っていった男子たちを思うと、手を合わせずにはいられなかった。南無。
「……それとさ、この前の花柳のあれは結局なんだったの?」
「当人の許可なしで詳細は語らないことになってる。芦屋にも竜也にも詳しくは言ってない」
「でも、気になるじゃん。病気かと思ってあたしの心臓も止まりそうになったし」
「……あいつ、ごく一部の人間としかまともに関わり合いができないんだ。好き嫌いとかじゃなくて、生理的なレベルで。幸い、ここ最近の努力で芦屋とは面と向かって話せるようになったんだけど、それ以外はまだまださっぱり」
「そっか。じゃ、それとなくクラスのみんなに伝えとく」
「……助かる。本当は、僕が手を貸してやれればいいんだけど。……でも学校でそういうことすると、やっかまれてな」
「あ~~、めっちゃわか――」
途中ではっとしたように口を閉じたが、残念ながら失言はキャンセルできない。肉を切らせて骨を断つとはこのことで、僕は自分の身を犠牲にしながらずっと機を窺っていた。転んでもただで起きない男でありたいとは常から思っていて、ようやくそれが結実したらしい。
「そうか。わかるか」
「……香月、性格ひん曲がってない?」
「自覚はあるから問題なし。……で、なんだ。君も似たような境遇に覚えが?」
「…………」
「どうだ?」
「…………十分」
逃れるように氏家は言った。時間を確認すれば約束の十分間はとうに過ぎ去っていて、なるほど僕にこれ以上問い詰める権利はないらしい。決まりは決まりなので歯噛みしながら引き下がる。「じゃ、またね~」と氏家は軽やかに駅の方向へと走って行った。
「時間使った割には大した収穫じゃないが……。まあ、仕方ない」
「及川くんと氏家さん、やっぱり香月くんと花柳さんの関係に近いみたいね」
「僕ら、あそこまで険悪か?」
「言ったじゃない、ベクトルが違うって。彼女、及川くんにかなり思うところがあるみたいだけど、それはつまり興味があるってことよね?」
「好きの対義語は無関心ってやつか?」
「そう。というよりもあれは、なにかが転じた結果と見るべきね。元は今のような付き合い方じゃなかったのでしょう、きっと」
「そうか、分析感謝。……それはそれとして」
立ち止まり、横を行く芦屋と目を合わせる。
「君、ずいぶん言いたい放題だったな?」
「第三者に認知されようと思って」
「……まあ、僕の目の前でっていうのが一周まわって良心的なんだけどさ」
本気でやろうと思えば、友人間のコネクションであることないこと吹聴できる。それをしないのは、あくまで僕の意思を反映させるため。僕の手で、僕の口で、早期に敗北宣言を出させるため。
「しかし君、この調子だと球技大会を前後してめちゃくちゃ男が寄ってきそうだな」
「心配してくれるのだったら、永劫隣にいてくれるとありがたいけど」
「しばらくだったら一考の余地があったが、永劫はさすがに却下」
「残念」
街灯の明かりに目が眩む。竜也に関してはまだまだわからずじまいで、至急の解決策が望まれた。
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