第25話 花柳涼音的に。

「それは好きでしょ。わたしの置かれた環境的に、どう足掻いたって好きにならざるをえないもん」

「……こういうの、普通はもっとためらうものじゃなくて?」


 聞いたみやびの方がかえって照れるように頬を染めているのに対し、涼音の表情は極めてフラット。あまりにも極端で、立場の違う対比。


「じゃあ芦屋さん、もしもわたしが違うよって言ったら信じる?」

「それは絶対に無理」

「なら隠すだけ無駄でしょ。……さすがに蓮の前では言えないけど」


 一定の線引きはしてあるらしい。蓮の名前を出した瞬間俯いて、声がこもり気味になった。そのいじらしい様子に、みやびは彼が彼女を丁重に扱う理由の一端を垣間見た。

 しかし、前もって蓮の心の裡を聞き出してしまっているみやびとしては涼音の行動が遠回りにしか思えない。思いの丈を言葉にすればハッピーエンドは確定だ。


 だから、よせばいいのにと思いながらも、ついつい問うた。


「どうして?」

「……なにが?」

「あなた自身、香月くんから特別扱いされているのは実感しているでしょう?」

「……まあ、うん」

「……伝えてしまえば、かなりの確率で望む回答が得られるでしょうに」

「だからだよ」


 否定的な発言がくるだろうと身構えていたみやびとしては読みを外した形になって、一瞬思考が固まる。「でも」や「だけど」から始まり、「今の心地いい関係を変えたくない」で収まるものだと思っていた。それがどうして「だから」になるのかと、頭の中がまとまらない。


「好きだし、ずっと一緒にいたいけど。でも、好きって言ったらあいつはたぶん僕もって返すし、ずっと一緒がいいってお願いしたら、本当に死ぬまで隣にいてくれそうで」

「……さすがにそれは考え過ぎでは?」

「ううん、絶対そう。そういう極端な奴だって芦屋さんも知ってるでしょ?」

「…………確かに」


 みやびは顎に手を当て、あながち間違いでもなさそうだと考えを改めた。――そして、また問うた。


「でも、それのなにが問題? あなたから見たら最高の結末にしか思えないけど」

「……わたしから見たら、でしょ」


 涼音は噛みしめるように言って、膝の上に置いた手をぎゅっと握って拳を作った。


「これまでずっとおんぶにだっこで、そのうえ未来もわたしが縛っちゃったら、蓮にとってはきっとハピーエンドじゃないなって」

「……重くない?」

「重いよ。相手が相手だもん。今電話して『高校出たら籍入れて』って頼んだら、『了解』って軽く言って帰りに役所に寄るような奴なの、蓮は」


 試してみる? とスマホをかざすので、それはやめておいた方がとみやびは制止。どれだけ成熟した信頼関係なのだと慄きながら、またも気になったところへ突っ込む。


「香月くんに好かれてる実感はあるんでしょう?」

「……ん」


 さすがに、好きだと言っていたとまでは伝えられない。それは蓮に対する義理でもあったし、みやびの心情的問題でもあった。だからあくまで主観という体で続ける。


「なら、それでいいじゃない」

「借りを百個作って、どうにか一個返し終わったなと思う頃には、また次の借りが百個できてるの。でもあいつはそれを貸しだなんて全然思ってなさそうで、それを見るたびわたしは申し訳なくなっちゃって……」

「罪悪感や負い目?」

「……うん。あいつに色々捨てさせたくせに、わたしはもらってばっかりで。全然つり合いとれてなんかなくて……」

「でも隣にはいたいと」

「……好きなんだもん」


 このしおらしさで蓮をじわじわ無自覚に篭絡していったのだろうなと確信して、そこでみやびは、次の質問。


「なのに選ばれたくはないと」

「……うん」

「そんなこと言いつつも、お互い独り身で三十代を迎えたあたりで『行き遅れちゃったね』なんて笑い合って、なし崩しで一緒になるつもりだと」

「……………………」

「図星なんだ……」


 真っ赤になった顔を伏せるというあまりにわかりやすい行為。冗談めかして言ったのに、ずばり的中するとは思わなかった。空気にすっかりあてられて自分もすっかり照れくさくなってしまったみやびは、この空気感ならいいやと半ば投げやりになって自分もぶっちゃける。


「ねえ、花柳さん」

「……なに?」

「口ぶりから考えるに、香月くんにお似合いの相手が現れたら、あなたはすっぱり手を引くのよね」

「…………」

「なら、私に譲ってもらえない?」


 みやびの提案に、涼音はぶるっと肩を震わせた。彼女の展開した理屈から鑑みるに、そこを突っ込まれてはどうしようもない。

 それから数秒ほど視線を迷わせ、うんうん唸って、涼音は言った。


「……それはそれで嫌」

「私がってこと?」

「誰でも、嫌。別に蓮がわたしのものにならなくても構わないけど、だからって他の誰かのものになって欲しいわけじゃないから」

「欲張りって言われたことある?」

「……独占欲が強いって、蓮本人に言われた。……自分でもそう思う」


 簡単に捨てられるわけはないだろうと納得しつつも、みやびは続ける。


「でも、香月くんだって男の子なんだから当然性欲はあるだろうし、あなたの隣だとずっと生殺しで辛いんじゃない?」

「こ、この状況でエッチな話を」

「いえ、これは割と真面目に。あと一歩踏み込ませてくれない薔薇と、そのあたりが奔放なたんぽぽだったら、多少格落ちでもたんぽぽに気が向くものでしょう?」

「……蓮がそうしたいならわたしだって別に」

「でも、香月くんはあなたに手なんか出さないわよ。大切にしているがゆえ、あっさり傷つけるようなことはするはずがないもの」

「じゃあ、わたしから……」

「それも無理。断られないから困るって、自分で言ってたものね?」

「…………」

「その点、ただの気やすい友人である私ならどうかしら?」

「……………………ねえ、芦屋さん」


 怒涛の攻勢にたじろぎつつも、涼音は会話を途中で切った。


 そして、問うた。


 もっとも根本的で、しかしこれまでまるではっきりしなかったことを。


「どうして蓮のこと、そんなに好きなの?」

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