第24話 香月蓮の吐露。


「そりゃあ好きだろ。そうでもない相手のために何年も頑張れるかよ」

「言うねえ」


 竜也ははにかんで、「知ってたけどさ」と付け足す。


「でも、口に出す日が来るとは思ってなかったな」

「言わせたのは君だろうが……」


 僕は淡々と横並びのエプロンを品定めし続ける。すずと芦屋が現状どうなっているか気が気でないが、僕は僕でやることを終わらせないとならない。当初の目的くらいは遂げないと。


「言わせるでしょ。だってずるいじゃん」

「なにが」

「なんで最初が俺じゃなくて芦屋さんなのさ。義理を考えなよ義理を」

「その場の都合だよ」


 一昨日のこと。芦屋と二人でおかわり無料のコーヒーを啜りながらだらだら駄弁っていたあの時間。後半になると客がいないのをいいことに厨房にいたはずのおばあさんまで加わってきて、場が混沌としていた。

 まあ、仕方ないことではあった。子宝に恵まれなったあの夫婦は僕を孫同然に思っていて、下手をするとうちの両親なんかより僕の写真を撮り残している。そうなればアルバムが持ち出されるのはある意味自然な流れとすら言えて、年代順に綺麗に並べられた写真群をぱらぱらめくりながら、僕の過去語り大会になったのだ。

 まだ一人で出歩くには幼すぎて、父親付き添いのもとカップに入った熱いカフェオレをちびちび飲んでいるシーン。それから少し成長して、自分一人で訪ねて砂糖いっぱいのコーヒーをおっかなびっくり啜っているシーン。中学入学記念で、制服に着られながらおじいさんたちと三人で店の前で撮った記念写真なんかもあった。焼き増してもらって僕の手元にあるものもいくらかはあったが、やはりあの店に所蔵されている量には及ばない。僕の成長は、あの喫茶店とともにあった。

 まあ、だからこそと言うべきか。とある時期を境に、写真の性質にも変化が表れ始めるわけだ。


「何度か連れていった喫茶店あるだろ。芦屋をそこに案内した」

「香月の過去が包み隠さず公開される場所じゃん。……あー、まさか」

「そのまさか」


 僕が十歳くらいになると、急に出現率を上げる人物がいる。名を、花柳涼音。二枚に一枚は写りこんでいるのを見て、改めてちょっと多すぎやしないかと自分でも思った。それを芦屋にそれとなく指摘されもした。

 しかし、どうしようもなかった。僕がすずをあの店に連れて行ったのは、少しでも安心できる居場所を作るためだったから。周り全てが敵に見えると言った彼女に、実はそんなことはないのだと説くためだったから。


「ちょっと迂闊だったね。相手を選んで連れていくべきだった」

「残念なことに諸事情あって立場が弱まってたんだ」


 覗きの直後だったから。……まあ、以前にも訪ねているので、迂闊なことには変わりない。しかしそれは芦屋が本性を垣間見せる前段階の話であったから、僕の落ち度を問われても困る。


「それでも、今までの香月だったら適当にいなしてとぼけてやり過ごしてたんじゃない?」

「言っちゃ悪いが、僕は人によって対応変えるからな。……それに、聞き方が聞き方だったってのもあって」

「聞き方?」

「詰問形式なら僕もムキになって色々策を練るけど、同意形式だとそうもいかない」

「……なるほど。『花柳さんのこと、ずいぶん大切にしてるのね』だ」

「一字一句同じで怖いよ。どっかに盗聴器でもしかけてるんじゃないだろうな」


 寸分の違いもなく同じ文言だった。イントネーションなんかもかなり似ていて、普通に恐怖。予測推測が竜也の得意分野であることは承知の上だが、さすがにここまでの精度だと気持ち悪い。


「まあ、これくらいはね。で、香月はなんて?」

「『まあな』しかなくないか、この状況だと」

「それで『好きなんだ』の追い打ち?」

「怖いよ。マジで君が世界で一番怖い」


 本格的に盗聴器の存在を疑って自分の体をぺたぺた触って確かめるが、仕込むならブレザーの方だ。なら本格的に探すのは家に帰ってから。……あるわけないと信じてはいるが。


「香月がどう返したかまでは読めてないから」

「……そう言って、僕の口から聞き出そうって腹だろ」

「それもある。フィフティフィフティ」

「……はぁ」


 ため息をつく。その間にもエプロンの品評はやめず、値段と利便性とを見比べながら、もっともコスパがよさそうなものを探し続ける。


「……そこでも『まあな』しかなかったよ。僕の手札にはさ」

「聞いてるこっちがむずむずしてきた」

「言ってるこっちはそれ以上だから心配するな。現時点でだいぶ死にたい」


 柄にもなく、頬のあたりが熱を持つ感覚がある。努めて平静を装うが、隠し通せているかは疑問だ。


「……その流れなら、当然あれもあるよね。『ラヴ? ライク?』」

「ああ、あったさ」

「ちゃんと家族や友人へ向ける親愛や友愛のライクだって答えられた?」

「…………」



『妹とかもう一人の母親とかって言ってたけど、つまりそれってライク?』

『分かってて聞いてるだろ。ラヴだよラヴ。恋愛とか性愛とかの方』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る