第17話 香月蓮の受難2
痛い。視線が。とにかく痛い。道行く老若男女が「マジかお前……?」という目をひたすら僕に向けてくる。マジなんですよこれが……。僕もよくわかっていないけどさぁ。
すずではないが、このままでは僕も視線恐怖症になってしまう。それを恐れて女性陣の歩幅を無視する形で早歩き。そのまま前もって目星をつけていた雑居ビルになだれ込む。
「合ってるか?……合ってるな」
階層案内を見てふさわしいボタンを押し、エレベータを呼び出す。その間両脇に控える二人は黙ったままで、葬式の方がまだいくらか賑わいがあるぐらいだった。どうにか会話に繋げたくてちょくちょく話題を振ってはみるものの、片側で完結するせいですずと芦屋は独立状態。完全個室のエレベータ内ではそれが余計に際立って、僕の胃痛がマッハだった。お願いだから僕越しに殺気を放ちあわないでくれ。
「香月くん、聞きそびれていたけど、ここは?」
「あぁ」
頷いたタイミングでエレベータが静止。ドアが開いて、目の前には店舗の看板が。
「レコードやらCDやらを手広く取り扱ってる店なんだとさ。結構前に知ったんだけど、一人じゃ来る機会がなくて」
押しボタンタイプの自動ドアを抜け、店内へ。手押し作業を挟む時点で自動要素はだいぶ薄れていると思うのだがそんな軽口を叩けるテンションではなかった。代わりに、「お、すご」と店内を見晴らした第一印象を口にする。
「ずらっと……」
すずが一言。個人経営だからか、棚や品物の配置にまとまりがない。言ってしまえばごちゃごちゃしていて、お世辞にも綺麗とは言えそうになかった。場所によっては足の踏み場もなく、当然人間が三人横並びになれるほどのスペースなどないので、自然と二人が離れる。重圧からの解放にそっと胸を撫でおろし、店主グッジョブと心の中でサムズアップ。
「僕、ちょっと奥の方見てくるわ」
入り口の近くにあるのは投げ売りのディスカウント品ばかりで、胸躍るようなお宝らしきものはたぶん存在しない。しかし、こういうコレクターが趣味の傍ら始めたような商売っ気のない店において、並んでいるのが安物だけのはずもないのだ。
細い列を、商品に触れないよう慎重に進む。途中目に入る商品の規則性のなさったらなくて、往年の名曲と半年前の流行曲が隣りあっていたかと思えば、硬派なロックと萌えアニメのキャラソンアルバムが奇妙な共演を果たしていたりして、見ているだけで愉快だった。几帳面な人間なら耐えられないのだろうが、僕はこういう混沌とした空間がかなり好きだ。それに、散らかっているだけで決して内装が汚れているわけではないのも好印象。埃やクモの巣なんかはどこにも見当たらなくて、売り物の状態も、中古品であることを踏まえれば決して悪くない。店主の愛を感じる良い店だ。
「楽しそうね」
「実際楽しんでる。今後定期的に通うかも」
いつの間にか後ろをついてきていた芦屋に声をかけられ、それに答えた。「芦屋的にはこういう雑多なのはどう?」「割と好きかも。意外性しかなくて飽きないし」「ならよかった」
彼女は視線をあっちやこっちへ彷徨わせて、時折口許を綻ばせた。やはり、基盤となる感性は僕と通じるものがあるのだろう。たまにCDを手にとっては、「これ名盤だからおススメ」と紹介までしてくれる。僕はそれをありがたくメモして、いつかサブスクでまとめて聴こうと決意。
そうこうしながら列の突きあたりまでたどり着くと、右サイドにガラス張りされている展示スペースを発見。これだこれと心を昂らせながら、そばへ向かった。
「期待してたのはこれなんだよなぁ」
「ごめんなさい、私、レコードには明るくなくて」
「僕もそうだよ。正直、ここに並んでるものの価値はさっぱりわからん」
「えっ」
呆け顔の芦屋を放って、ショーケースに張り付きながら展示品をじっくり眺める。邦楽洋楽問わずにレコードがずらり。古びたポスターなんかも飾ってある。どれも脇には目を疑う様な値札が添えられていて、今に至るまでの歴史を嫌でも感じさせられた。
「個人の熱意というか、熱量というか、そういうのを見るのが好きなんだよな、たぶん。あと、こうやってわかりやすく圧倒されるのも好きだ」
「……わかるかも」
「同じ理由で、まんだらけのディスプレイコーナーとかもしょっちゅう見に行っちゃうんだ。『こんなん売る気ないだろ……』ってのがずらっと並んでると最高」
他人の趣味を見境なく全開で浴びせられている感じが良い。客としては最低な心構えなのだろうけど、買える買えないではなくて、響くか響かないかという指標が僕の心の真ん中にある。大人になって金銭的な余裕ができれば……というモチベーションにもつながるし。……そもそも欲しいか欲しくないかで言えば、僕はレコードにさっぱり興味がない。再生設備を整えるのが難しいし、それ以上の音質で聴く方法など今どきいくらでもある。現物主義者ではないので、配信されていればそれを買っておしまいだ。
ただ、ロマンというものがある。それを理解できる人間でありたいと、常々思っている。そして、この店にはそれがいくらでも詰まっている気がしてならなかった。
「……って、僕から提案して連れてきておいて、芦屋完全に置いてけぼりってのも違うか」
「ホスト精神からの脱却を掲げてなかった?」
「今の僕、自分の得意分野だけ早口になるオタクそのものじゃん。それはなんか違うかなって」
「変な話だけど、私は楽しそうな人を見ているだけで楽しかったりするの」
「じゃあ、今は?」
「言わずもがな」
はしゃぎ過ぎたかと、わずかばかり恥じる。童心に帰る瞬間が同世代の中では多めだと自覚しているものの、わくわくしてくると抑えが効かないのだ。芦屋にブレーキ踏め踏め言っている場合じゃないなと内省し、しかしどんな形であれ楽しんでいてくれるなら幸いだと、肩の力を抜いた。
「香月くん、普段は大人っぽい印象なのに、熱が入ると急に生き生きしだすわよね」
「大人っぽい? 僕がか?」
「妙に落ち着いているというか、達観しているというか」
「それは気のせいだな。徐々にわかると思うけど、僕はただのクソガキだ。なんなら精神年齢が実年齢より低い」
未だにブリキのおもちゃではしゃげる。精神構造が昭和の小学生みたいだ。光っているものや黒いものが好きだし、ドラゴンがプリントされた商品を見ようものなら心の中でなにかが疼きだす。
「憧れの人物は何年経ってもスポーツ選手で、未だに知育菓子を買いたくなるときがある。ただ、年相応にと必死に堪えて、ねるねるねるねをフルーチェで代用してる」
「……ふふっ」
「な、ガキだろ?」
恥ずかしい暴露に、芦屋が口許を覆った。普段はカッコ悪いから見せないようにしているだけで、僕という人間はこんなにもしょうもないのだ。芦屋の中で僕のイメージが実像より大きくなってしまうのが嫌でついつい口走ってしまった。
彼女はそれを受け、表情を緩めながら言った。
「それを言うなら、香月くんも私をずいぶん勘違いしてると思う」
「ん?」
「部屋の机はいつも散らかってるし、昨日は服を裏返しのまま洗濯に出して怒られた」
「マジ?」
「マジ。完璧超人とでも思っていたかしら?」
「いや、その神秘性はとっくに薄れてたけども……」
主に発言方向で。ただ、所作に関しては相変わらず美しかったので、プライベートはかなりきちんとしているイメージが拭えなかった。
「私もあなたも、いいかっこしいなのかもね」
「どうにもそうらしい」
異性の前だから。あるいは、友人の前だから。自分を少しでも高く見積もってもらいたくて、背伸びをする。あまりにありがちで、取り立てて話すようなことでもない。
ただ、その殻を自ら脱ぎ捨てることが、なにを意味するのか。
そこについては議論の余地があるなと、そう思った。
「……暴露大会しに来たわけではないんだけどな」
言って、顔を見合わせて笑った。芦屋みやびが初見で規定していたようなパーフェクトな人間ではなく、等身大の同級生へとどんどん落ち込んでいくのがわかる。抱いた虚像が崩れるのを感じる。
なのにもかかわらず。
笑顔が綺麗ならどうでもいいやと思えてしまうのだから、本当に男という生き物は単純だ。
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