第70話 仕置

天文二十一年(一五五二年) 六月 因幡国岩井郡東浜 塩冶 彦五郎


 俺は今、領内を見回っている。塩水選だ正条植えだ何だと命令したは良いものの、実際に見て回ることをしてはいなかった。これは良くない。


 馬に乗って領内を回る。馬の手綱を握ってるのは五郎左衛門だ。もう一人で乗れるのだが、それを許してくれない家臣たち。俺を戦場に出す気はあるのだろうか。


「領内を見て回るのは久しぶりだな」

「そうですね。殿は鍛錬と政、それと温泉しか向かってないですから。これからは領内の見回りもお願いします。偶にで構いませんので」


 これは疎かにしていたな。反省だ。領民との折衝は家臣たちに任せ過ぎていた。もう少し積極的に介入しなければ。経験を積めるのは今のうちだけだ。もっと大きな身代になってからでは、学びたくても学べんだろう。


「正条植えだが、面倒だとは申していなかったか?」

「確かに面倒ですが、結果が出ましたから今は大人しく従っております。それに定規もありますからね」


 それであれば良い。やはり、面倒というのは何時の時代も人間の敵だ。一つを疎かにすると次々と疎かになる。そして最後は滅んでしまうのだ。しかし、厳しくし過ぎると人心が離れてしまう。塩梅が難しい。


「千歯扱きは順調に使えているか?」

「はい。千歯扱きも大八車も良く使えております。百姓どもが喜んでおりましたよ。他に便利な道具はないのか、と」


 便利な道具か。そうだな、シャベルでも作ってみるか。それくらいしか思いつかないぞ。後は牛の数をもっと増やすか。そろそろ蘇を作り始めたい。


 今までは牛乳として煮沸消毒してから山衆たちに飲ませていた。牛乳は水分補給にも最適だと聞いていたし、そもそも栄養価が高い。成長期には最適だ。


「あー、あとで村の鍛治師に伝えておこう。それと牛の数も増やすよう、村長たちに伝えておいてくれ。銭はこちらで出す」

「かしこまりました」


 あとは水だ。岸田川も矢田川も氾濫しないよう、治水に人も金もかけて来た。それから村の水源にするため、矢田川の流れを変えている途中だ。矢田川は美含郡に流れ出ている。悪いが二方郡に流れるよう、変えさえてもらうぞ。


 垣屋越前守に何か言われたら干上がったとでも伝えておこう。海があるのだ。塩がふんだんに溶かされた水、つまり海水でも使って頑張って作物を育ててくれ。


 塩冶の中で農業が変わりつつある。これは実行して良かった改革の一つだ。というのも、改革で百姓たちの時間が空いたのが大きい。


 正条植えは雑草を抜く作業が格段に早くなるし、大八車も荷を運ぶ効率が上がった。そのお陰で、百姓たちの時間が空く、つまり新たな土地の開墾や手工業の作業ができるというわけだ。


 しかし、今は山を切り拓かせているがそれも頭打ちになりかねん。早急に手工業を奨励しなければ。何を奨励するか。幸いなことに北には海が広がっている。海運で運べるから重さも大きさも気にしなくて良い。


 刀工はすでに召抱えているし、弟子もとらせている。大量に生産できるようになるまでは時間が掛かるだろう。こればかりは仕方がない。


 となると布、反物が良いだろうか。だけど、この時代って綿花は普及していないんだったよな。であれば麻、いや蚕を育て絹をつくらせるか。難しいな。ううむ、困ったな。何か作らせたいのだが、一体何が良いのだろう。


「五郎左衛門、百姓の時間が空いた。何をさせるべきだろうか?」

「そうですな、それであれば紙を作らせるのは如何でしょう。紙であれば嵩張らないですし高価にございます。隣の播磨では古くから紙を漉いているそうで」


 紙、紙か。五郎左衛門の話では播磨のなんとか村というところでは平安の時代から紙が漉かれているとのこと。それであれば播磨から人を招聘するか。それとも誰か学びに行かせるか。


 でもなぁ。紙って作成するにはそれなりの設備が必要だったよな。初期投資が大きそうでもある。しかし、代替案が思いつかないのも事実。とりあえず、人を送ってみるか。


 あとは湊の整備も進めたい。進めたいが、浜坂はそこまで広くないんだよな。それであれば鳥取を奪って、そこを一大拠点にしてしまいたいな。であれば浜坂はどうするか。漁港にするか。


 一度、浜坂の湊で何が獲れるのか精査しないと駄目だな。勿体無いことをしているかもしれない。まだまだ金も石高も足りていないんだ。やれることをやらねば。

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